成功するためには、何が必要なのでしょうか。
努力でしょうか。才能でしょうか。それとも、時にはルールを曲げることのできるしたたかさでしょうか。
『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は、そんな「成功」と「正しさ」の関係を、静かで重厚なサスペンスとして描いた作品です。
あらすじ(ネタバレなし)
1981年、ニューヨーク。
移民出身の実業家アベル・モラレス(オスカー・アイザック)は、石油会社を経営し、事業を着実に拡大していました。
ところが、会社のタンクローリーを狙った強奪事件が相次ぎ、ついには運転手ジュリアンが襲撃され、重傷を負ってしまいます。
妻アンナ(ジェシカ・チャステイン)は、家族と会社を守るためには相手と同じ手段を使う必要があると考えます。しかしアベルは、暴力に暴力で対抗することを拒否します。
彼には、自分なりの方法で合法的に成功するという強い信念がありました。
そんななか、アベルは会社を大きく飛躍させる可能性を秘めた石油ターミナルの購入に踏み切ります。
しかし契約には厳しい条件があり、期限までに残金を用意できなければ、多額の頭金を失うことになります。
さらに会社には検察の捜査が入り、脱税や価格操作などの疑惑まで持ち上がります。
強盗、競争相手からの圧力、捜査当局、そして資金調達。
あらゆる方向から追い詰められていくアベル。
成功を目前にしながら、彼は自分が信じてきた「正しい道」をどこまで守り続けることができるのでしょうか。
感想
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
この映画を観ていて最も考えさせられたのは、真面目に仕事へ取り組むことと、ビジネスで成功することは必ずしも同じではないという現実でした。
アベルは野心家です。
決して欲のない人間ではありません。
むしろ会社を拡大したい、成功したい、もっと上へ行きたいという欲望は非常に強い人物です。
ただし彼には、一つだけ譲りたくないものがあります。
それが「自分は正しい方法で成功した」という自己認識です。
周囲から運転手に銃を持たせるよう勧められても拒否します。マフィアから金を借りることにも抵抗します。
彼は何度も、より簡単で、より危険な近道を提示されます。
しかし、その道を選べば自分が自分でなくなることを知っているのです。
ここに本作の大きな面白さがあります。
しかし物語が進むにつれて、少しずつ疑問が生まれます。
アベルは、本当に正しい人間なのでしょうか。
彼は暴力を嫌います。
犯罪者にもなりたくありません。
しかし、成功を諦めるつもりもありません。
追い詰められるほど、交渉は威圧的になり、相手を追い込み、自分にとって最も有利な結果を引き出そうとします。
つまりアベルが選んでいるのは、完全に清廉潔白な道というよりも、自分が「正しい」と思える範囲の中で最大限に利益を追求する道なのです。
それは法律上の合法と、倫理的な正しさの間にある非常に曖昧な場所でもあります。
ジェシカ・チャステイン演じるアンナも非常に印象的でした。
アベルが表向きの理想を守る人物なら、アンナは現実を見ています。
敵が暴力を使うなら、自分たちも対抗する。
会社を守るためなら、必要なことをする。
アベルよりはるかに現実的です。
そして終盤、アンナが会社の金を長年別口座へ移していたことが明らかになります。
皮肉なのは、最終的にアベルを救うのが、その「正しくない方法」で蓄えられた金だということです。
アベルは激怒します。
当然です。
しかし、その金を使わなければ会社を救えません。
ここで映画は非常に残酷な問いを突きつけます。
理想を守るために、不正によって作られた金を使ったなら、その成功は「正しい成功」と呼べるのでしょうか。
アベル自身は手を汚していないつもりでも、妻が汚した手によって救われています。
だからアンナは、単なる「強い妻」ではありません。
彼女はアベルが見ようとしない現実を引き受けている存在なのだと思います。
そして本作で忘れられないのが、運転手ジュリアンです。
アベルとジュリアンは、ある意味で似ています。
どちらもより良い人生を求めています。
しかし二人の間には決定的な違いがあります。
アベルには会社があります。家族があります。交渉相手がいます。弁護士がいます。そして、いざという時に金を借りられる人間関係があります。
一方のジュリアンには、それがありません。
強盗に襲われ、恐怖を抱えたまま仕事へ戻り、銃を手にし、やがて精神的に追い詰められていきます。
彼の結末は、この映画のなかでも特に重い場面でした。
成功を目指すアベルのすぐそばで、同じ社会を生きていた一人の人間が崩れていく。
アメリカンドリームとは、努力すれば誰でも成功できるという物語です。
しかし本作は、その夢を追うための「スタート地点」が全員同じではないことも静かに描いています。
成功者の物語の陰には、成功できなかった人間たちがいる。
ジュリアンの存在によって、アベルの成功は単純なハッピーエンドではなくなります。
最終的にアベルはターミナルを手に入れます。
ビジネスだけを見れば、彼は勝者です。
念願だった事業拡大を実現し、これからさらに大きな成功を手にする可能性があります。
それなのに、観終わったときに残るのは爽快感ではありません。
むしろ、どこか虚しいのです。
アメリカのように競争が激しく、「成功すること」そのものが大きな価値として語られる社会では、この問いはさらに重く感じられます。
もちろん、悪知恵を使い、ルールの隙間を巧みに利用して利益を上げる人間もいるでしょう。
真面目に働いている人が、必ず報われるとも限りません。
だからといって、勝つためなら何をしてもいいのでしょうか。
反対に、自分だけが潔白でいることにこだわり、周囲の犠牲を見ないことは本当に「正しい」のでしょうか。
本作は、その答えを簡単には提示してくれません。
だからこそ見応えがあります。
成功とは、単に金や地位を手に入れることではなく、そこへたどり着いたとき、自分がどんな人間として残っているのかまで含めて考えるものなのかもしれません。
オスカー・アイザックとジェシカ・チャステイン ― 静と動の夫婦
オスカー・アイザック/アベル・モラレス
オスカー・アイザックの演技は、とにかく抑制されています。
声を荒らげたり感情を爆発させたりする場面よりも、表情、姿勢、歩き方、視線などでアベルの自信と不安を表現しています。
スーツを着て背筋を伸ばして歩く姿には、成功者として見られたいという強烈な意志があります。
しかし状況が悪化するほど、その完璧な外見の内側にある焦りが少しずつ見えてきます。
アベルは「正しい男」であると同時に、正しい男であると信じていたい男でもあります。
その微妙な違いを、オスカー・アイザックは非常に繊細に演じていました。
ジェシカ・チャステイン/アンナ・モラレス
対するジェシカ・チャステインのアンナは、圧倒的な存在感です。
冷静で、美しく、そして怖い。
アベルが理想を語るなら、アンナは現実を処理します。
彼女は夫の成功を支える妻でありながら、単なる補佐役ではありません。
むしろ、アベルよりもビジネスの世界の本質を理解しているようにさえ見えます。
特に二人が対峙する場面では、夫婦喧嘩というより「二つの経営哲学の衝突」を見ているようでした。
オスカー・アイザックの静かな緊張と、ジェシカ・チャステインの鋭さ。
この二人だからこそ、本作の重厚な空気が最後まで保たれているのだと思います。
この映画がおすすめなひと
- 社会派ドラマや重厚なクライム映画が好きな方
- 派手なアクションより心理的な緊張感を楽しみたい方
- オスカー・アイザック、ジェシカ・チャステインが好きな方
- ビジネスと倫理をテーマにした作品が好きな方
- 「成功とは何か」を考えさせられる映画を観たい方
- 『ゴッドファーザー』など、犯罪とビジネスが交錯する作品が好きな方
- 観終わったあとにも余韻が残る映画を探している方
評価
※評価は執筆時点のものです。
Filmarks:★ 3.5 / 5.0
IMDb:★ 6.9 / 10
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