「息子を学校まで迎えに行ってくれない?」
親しくなった友人から頼まれた、ほんの「ちょっとしたお願い」。
ところが、その日を境に彼女は姿を消してしまいます。
ポール・フェイグ監督による『シンプル・フェイバー』は、ひとりの女性の失踪から始まるミステリー・サスペンスです。
しかし、本作を単純な「失踪事件を追う映画」だと思って観始めると、おそらく途中から印象が大きく変わるはずです。
登場人物たちは誰もが秘密を抱え、ひとつの真実が明らかになったかと思えば、その下からまた別の嘘が現れます。
中心にいるのは、対照的なふたりの女性。
料理や子育て情報を発信する真面目なシングルマザー、ステファニー。
そして、高級ファッションに身を包み、マティーニを飲み、どこか他人を寄せつけない雰囲気を漂わせるエミリー。
アナ・ケンドリックとブレイク・ライヴリーというまったく異なる個性を持つふたりの組み合わせが、本作独特の面白さを生み出しています。
ミステリーでありながら、ブラックコメディでもあり、女性同士の奇妙な友情を描いた物語でもあります。
何より魅力的なのは、最後まで「この人を信じてもいいのだろうか」と観客に思わせ続けること。
上品で華やかな画面の裏側で、とんでもない秘密が次々と顔を出していく作品です。
あらすじ|ネタバレなし
夫を事故で亡くしたステファニー・スマザースは、息子マイルズをひとりで育てながら、料理や工作、育児などを紹介するビデオブログを運営しています。
学校行事にも積極的に参加する彼女は、周囲の保護者から少し煙たがられるほど真面目で世話好きな女性でした。
そんなステファニーが出会ったのが、マイルズの友人ニッキーの母親、エミリー・ネルソンです。
ファッション業界でPRディレクターとして働くエミリーは、仕事のできる洗練された女性。
高級な服を着こなし、自信に満ち、ステファニーとは正反対の雰囲気をまとっています。
最初は住む世界の違うふたりでしたが、子どもたちを一緒に遊ばせるようになったことをきっかけに、少しずつ距離を縮めていきます。
エミリーの家でマティーニを飲みながら、お互いが誰にも話していない秘密まで打ち明けるようになるふたり。
ステファニーにとってエミリーは、これまで出会ったことのない刺激的な友人になっていきます。
ところがある日、エミリーから電話がかかってきます。
息子のニッキーを学校まで迎えに行ってほしいという、ほんの「ちょっとしたお願い」でした。
ステファニーは当然のように引き受けます。
しかし、その日からエミリーは帰ってきません。
電話にも出ず、連絡も取れない。
やがてステファニーは、エミリーの夫ショーンとともに彼女の行方を探し始めます。
そして捜索を続けるうちに、ステファニーは自分が親友だと思っていた女性について、実はほとんど何も知らなかったことに気づいていきます。
エミリーとは、いったい何者なのか。
彼女はなぜ姿を消したのか。
そして、ステファニー自身が抱えている秘密とは――。
ひとつの失踪事件をきっかけに、登場人物たちが隠していた過去と嘘が次々と浮かび上がっていきます。
感想
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
『シンプル・フェイバー』で特に面白かったのは、物語が進むたびに「この映画はどこへ向かっているのだろう」と予想を裏切られていくところでした。
最初はエミリーの失踪をめぐるミステリーです。
ところが遺体が発見され、ステファニーとショーンの関係が変化し、さらに「死んだはずのエミリー」の気配が現れ始める。
ここから映画は、失踪事件という枠を大きく飛び越えていきます。
そして明らかになるのが、エミリーの本当の過去です。
彼女は「エミリー・ネルソン」として生まれた女性ではありませんでした。
その正体はホープ・マックランデン。
さらに彼女にはフェイスという双子の姉妹がおり、ふたりは16歳のときに家に火を放ち、虐待していた父親を死なせた過去を持っていました。
ここまででも十分驚かされますが、本作はそこで終わりません。
長い年月を経て再び現れたフェイスは、アルコールと薬物に依存し、過去を暴露するとエミリーを脅迫します。
そしてエミリーは、フェイスを殺害。
自分と瓜二つの姉妹の遺体を利用して、**「エミリー・ネルソンは死んだ」**という状況を作り出したのでした。
つまり、湖から発見されたのはエミリーではなくフェイス。
エミリーは自分自身の死を偽装したのです。
この真相にはかなり驚かされました。
もちろん「瓜二つの姉妹を利用した死の偽装」という設定には、サスペンス映画らしい強引さもあります。
それでも、物語の前半からエミリーという女性の素性がどこか曖昧に描かれていたため、伏線としてはうまく機能していたと思います。
原題の「A Simple Favor」は、直訳すれば「ちょっとしたお願い」です。
物語の始まりは本当に小さなお願いでした。
「ニッキーを迎えに行ってほしい」
それだけです。
しかし、そのお願いを受け入れた瞬間からステファニーは、エミリーが作り上げた巨大な嘘の中へ入り込んでしまいます。
考えてみれば、エミリーはずっと他人に何かをさせる人物です。
ステファニーを利用する。
ショーンを利用する。
フェイスの存在さえ利用する。
そして自分が犯した犯罪の後始末にまで、周囲の人間を巻き込んでいきます。
だからこそ「A Simple Favor」という軽い響きが、物語を最後まで知ったあとでは非常に皮肉に聞こえます。
最初はほんの小さな頼み事だったはずなのに、その裏には殺人、保険金、偽装、裏切りという、とても「simple」とは呼べない世界が隠されていたのです。
アナ・ケンドリック|ステファニー・スマザース
アナ・ケンドリックは、ステファニーの「善良すぎて少し危うい」という絶妙な人物像を見事に演じています。
序盤の彼女は、周囲の母親たちから少し引かれてしまうほど一生懸命です。
しかし物語が進むにつれて、その過剰な真面目さが別の方向へ向かい始めます。
エミリーの過去を調べ始めると、とことん追いかける。
疑問があれば確かめずにはいられない。
つまり彼女は最初から、探偵に向いていたのかもしれません。
アナ・ケンドリックの持つコメディセンスがあるからこそ、ステファニーが危険な領域へ踏み込んでも映画全体が重くなりすぎません。
そして最後には、最初とはまったく違う女性に見えてくるところも印象的でした。
ブレイク・ライヴリー|エミリー・ネルソン
一方、この映画で圧倒的な存在感を放っているのがブレイク・ライヴリーです。
登場した瞬間から、「普通の人ではない」と感じさせます。
ファッション、歩き方、視線、話し方。
すべてに自信があり、何を考えているのかわからない。
特にエミリーは、自分の弱さをほとんど他人に見せません。
だからこそ、その完璧な外見の下から過去が少しずつ現れてくるほど、キャラクターの不気味さが増していきます。
美しく、魅力的で、危険。
ブレイク・ライヴリーの華やかさを最大限に生かした役だと思います。
そして何より、アナ・ケンドリックとの対比が抜群です。
このふたりだからこそ、『シンプル・フェイバー』独特の世界観が成立しています。
ヘンリー・ゴールディング|ショーン・タウンゼント=ネルソン
ヘンリー・ゴールディング演じるショーンは、ふたりの女性の間で翻弄される人物です。
一見すると魅力的で穏やかな夫ですが、彼もまた決して完全な被害者ではありません。
エミリーとの結婚生活には問題を抱え、彼女の死後にはステファニーと急速に親密になっていきます。
しかし物語が進むほど、ショーンがこのふたりの女性ほど状況をコントロールできていないことがわかってきます。
結果的に本作は、ステファニー、エミリー、ショーンの三角関係を描きながら、最後にはステファニーとエミリーというふたりの女性の対決へ収束していきます。
その構図を成立させる存在として、ヘンリー・ゴールディングの少し頼りなさを含んだ演技もよく機能していました。
この映画がおすすめなひと
- 二転三転するサスペンスが好きな方
- 「この人、何か隠している」と疑いながら観る映画が好きな方
- 女性同士の複雑な関係を描いた作品が好きな方
- ブラックコメディとミステリーの組み合わせが好きな方
- スタイリッシュな映像やファッションも楽しみたい方
- アナ・ケンドリック、ブレイク・ライヴリーが好きな方
- 重すぎず、エンターテインメントとして楽しめるサスペンスを探している方
評価
※評価は執筆時点のものです。
Filmarks:★ 3.6 / 5.0
IMDb:★ 6.7 / 10
視聴情報(サブスクリプション)
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