- あらすじ(ネタバレなし)
- 感想
- 「間違えました」と言えなかった警察
- 女性の声を「精神異常」として処理する恐ろしさ
- ウォルターは本当に殺されたのか
- 最後に残った「希望」という言葉
- 演技― アンジェリーナ・ジョリーが見せる「静かな強さ」
- この映画がおすすめなひと
- 評価
- 視聴情報(サブスクリプション)
「この子は、私の息子ではありません」
母親がそう訴えているのに、警察は耳を貸そうとしません。
それどころか、「あなたが間違っている」と言い続け、ついには彼女自身を問題のある人間として扱い始めます。
クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』は、1920年代のロサンゼルスで実際に起きた出来事をもとにした作品です。
行方不明になった息子ウォルターを探し続ける母クリスティン・コリンズを演じるのは、アンジェリーナ・ジョリー。
本作には児童誘拐事件という恐ろしさがあります。しかし、それと同じくらい恐ろしく描かれているのが、間違いを認めようとしない組織と、その組織がひとりの人間の声を押し潰していく過程です。
クリスティンは特別に強い人間として物語を始めるわけではありません。
ただ、自分の息子を知っています。
だからこそ、「違うものは違う」と言い続けます。
たったそれだけのことが、これほど困難な闘いになってしまう。
そして何より恐ろしいのは、この物語の根底に実際の事件が存在しているということです。
あらすじ(ネタバレなし)
1928年、ロサンゼルス。
電話会社で働きながら、9歳の息子ウォルターをひとりで育てているクリスティン・コリンズ。
ある日、仕事を終えて帰宅したクリスティンは、家にいるはずのウォルターが姿を消していることに気づきます。
警察に捜索を依頼しますが、息子の行方はなかなか分かりません。
それから約5か月後、ロサンゼルス市警から「ウォルターが見つかった」という知らせが届きます。
待ち続けた息子との再会。
ところが、警察が連れてきた少年を見た瞬間、クリスティンには分かります。
この子はウォルターではない。
しかし、事件解決を世間に大々的に発表してしまった警察は、自分たちの間違いを認めようとしません。
「しばらく一緒に暮らせば分かる」と説得され、クリスティンは少年を家に連れて帰ります。
しかし、身長も身体的特徴も、学校や歯科医の記録も、少年がウォルターではないことを示していました。
クリスティンは警察に再捜査を求めます。
ところが、彼女の訴えは次第に「警察にとって都合の悪い声」へと変わっていきます。
やがてクリスティンは、息子を探すだけではなく、自分自身の言葉と尊厳を守るためにも巨大な権力と闘うことになります。
一方その頃、レスター・ヤバラ刑事は、ロサンゼルス郊外で起きていた恐ろしい事件へとたどり着いていきます。
ウォルターはどこへ消えたのか。
そして、なぜ警察はひとりの母親の言葉をここまで否定しようとするのか。
息子を探す母親の物語は、やがて警察組織そのものを揺るがす大きな事件へと発展していきます。
感想
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
『チェンジリング』を観ていて何より恐ろしいのは、ゴードン・ノースコットによる少年たちの誘拐・殺害事件だけではありません。
もうひとつの恐怖があります。
それは、権力を持つ組織が、自分たちの間違いを隠すためにひとりの人間を「間違っている側」にしてしまうことです。
クリスティンは最初から一貫しています。
「この子は私の息子ではない」
ただ、それだけです。
母親ならば、自分の子どもの顔、身長、身体的特徴、癖を知っています。
ましてウォルターは9歳です。生まれたばかりの赤ん坊を取り違えたという話ではありません。
それにもかかわらず、警察はクリスティンの言葉よりも「警察がウォルターを発見した」という自分たちの発表を優先します。
ここで守られているのは、子どもの命ではありません。
警察の面子です。
「間違えました」と言えなかった警察
事件の中でも特に腹立たしいのが、J.J.ジョーンズ警部の態度です。
クリスティンが少年を見た瞬間から「息子ではない」と言っているにもかかわらず、ジョーンズは彼女を説得しようとします。
そして次第に、説得は圧力へと変わっていきます。
身長が違う。
歯の記録が違う。
身体的特徴まで違う。
それでも警察は事実を受け入れません。
なぜなら事実を受け入れることは、自分たちが間違った少年を連れてきて、それを「事件解決」としてマスコミに発表したことを認めることになるからです。
だから彼らは発想を逆転させます。
警察が間違っているのではない。
母親がおかしいのだ。
この瞬間から、『チェンジリング』は単なる行方不明事件を描いた作品ではなくなります。
「真実を語る人間」と「真実を決める力を持つ組織」の闘いになっていくのです。
女性の声を「精神異常」として処理する恐ろしさ
クリスティンが精神病院へ送られる展開は、本作の中でも特に恐ろしい部分でした。
彼女は犯罪を犯したわけではありません。
ただ警察に対して、「あなたたちは間違っている」と言っただけです。
それなのに、その声を封じるために精神的に問題のある女性として扱われます。
そして物語は、さらに恐ろしい方向へ進みます。
ゴードン・ノースコットによる少年たちの連続誘拐・殺害事件です。
ここで映画の意味がさらに重くなります。
警察が「事件は解決した」と体面を守っている間にも、本当のウォルターは危険な状況に置かれていた可能性があるからです。
もし警察がクリスティンの言葉を最初から信じ、すぐに捜索を再開していたら。
そんな「もし」を考えずにはいられません。
もちろん、それによってウォルターを救えたという保証はありません。
しかし少なくとも、母親の訴えを封じ込めるために費やした時間と力を、本当の子どもを探すために使うことはできたはずです。
この作品における警察の罪は、間違った少年を連れてきたことだけではありません。
間違いに気づいた後も、その間違いを守ることを優先したことにあります。
ウォルターは本当に殺されたのか
そして『チェンジリング』が忘れられない映画になる最大の理由が、ウォルターの運命を最後まで確定させないことです。
ノースコットの農場から少年たちの遺体が発見され、ウォルターも犠牲になった可能性が高まります。
しかし決定的な証拠はありません。
ノースコット自身も、クリスティンとの面会で明確な答えを与えません。
息子を殺したのか。
生きているのか。
クリスティンが最も知りたいことだけが、最後まで分からない。
この「分からない」という状態は、死を告げられることとは別の残酷さがあります。
死が確認されれば、どれほど悲しくても喪失を受け入れるための時間を始めることができます。
しかし生死すら分からなければ、探すことを終える理由がありません。
だからクリスティンは探し続けます。
最後に残った「希望」という言葉
そして1935年。
事件から7年後、ノースコットの農場で殺されたと思われていた少年が生きて発見されます。
少年は、逃げ出す際にウォルターが助けてくれたと証言します。
この証言によって、ウォルターが少なくともある時点までは生きていた可能性が示されます。
しかし、その後どうなったのかは分かりません。
逃げ切ったのか。
再び捕まったのか。
どこかで別の人生を生きていたのか。
映画は答えを与えません。
それでもクリスティンにとって、この証言は決定的な意味を持ちます。
彼女は再び「息子は生きているかもしれない」と思うことができるからです。
実際のクリスティン・コリンズも、その後ウォルターを探し続けました。
だからこの映画のラストには、一般的な意味での「事件解決」はありません。
警察の腐敗は暴かれました。
ノースコットは裁かれました。
しかし、母親が最初から求めていたものだけは戻ってきません。
ウォルターはどこにいるのか。
その問いだけが残ります。
クリント・イーストウッド監督らしい、派手な感情表現に頼らず、出来事そのものの重さを積み上げていく演出も素晴らしいです。
もし完全なフィクションであれば、「警察がここまでひどいことをするだろうか」と感じてしまうような展開です。
しかし、その根底には実際の出来事があります。
子どもが行方不明になった。
違う少年を息子だと言われた。
母親が否定すると、その母親自身が問題視された。
そしてその背後には、さらに凄惨な事件が存在していた。
あまりにも出来すぎた悪夢のようですが、それが現実とつながっていることが本作最大の恐怖です。
『チェンジリング』は連続殺人事件を描いた犯罪映画であると同時に、「権力が真実を決めようとしたとき、個人はどう抵抗できるのか」を描いた作品でもあります。
そして最後まで立ち続けたのは、特別な権力を持った人物ではありません。
ただ息子を取り戻したかった、ひとりの母親でした。
実際の出来事を題材にした重厚な映画に興味がある方には、ぜひ観てほしい一本です。
演技― アンジェリーナ・ジョリーが見せる「静かな強さ」
本作のアンジェリーナ・ジョリーは圧倒的です。
クリスティンを、最初から勇敢で強い女性として演じているわけではないところが特に素晴らしいと思います。
物語序盤の彼女は、ごく普通の母親です。
仕事をしながら息子を育て、突然その息子を失い、警察を頼るしかありません。
ところが、その警察から裏切られます。
ジョリーはクリスティンの恐怖、混乱、怒り、悲しみを大げさに爆発させるのではなく、必死に感情を抑えながら演じています。
だからこそ、ときおり感情があふれる瞬間が強烈です。
特に印象的なのは、彼女が何度否定されても、
「彼は私の息子ではありません」
という事実から離れないことです。
彼女の強さは、相手を打ち負かす強さではありません。
何度「あなたが間違っている」と言われても、自分が知っている真実を手放さない強さです。
アンジェリーナ・ジョリーの華やかなスター性を抑え、1920年代のひとりの母親として存在させた演技は、本作を支える最大の力になっています。
この映画がおすすめなひと
- 実際の事件をもとにした映画が好きな方
- 『スポットライト 世紀のスクープ』や『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』のような、組織と個人の闘いを描いた作品が好きな方
- 警察や行政組織の腐敗を扱った社会派映画に興味がある方
- 未解決事件を題材にした作品が好きな方
- 母親の強さを描いた重厚な人間ドラマを観たい方
- アンジェリーナ・ジョリーのシリアスな演技を観たい方
- 観終わったあとにも考え続けてしまう映画を求めている方
評価
※評価は執筆時点のものです。
Filmarks:★ 3.8 / 5.0
IMDb:★ 7.7 / 10
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