- あらすじ(ネタバレなし)
- 感想
- ウィリー・ウォンカは「成長できなかった子ども」
- ジョニー・デップとフレディ・ハイモア ― 奇妙さと温かさの絶妙な対比
- この映画がおすすめなひと
- 評価
- 視聴情報(サブスクリプション)
カラフルで奇妙で、どこか不気味。
チョコレートの川が流れ、不思議なお菓子が次々と生み出される巨大な工場。その中心にいるのは、天才的なショコラティエでありながら、何を考えているのか分からないウィリー・ウォンカです。
ティム・バートン監督による『チャーリーとチョコレート工場』は、子どもが楽しめるファンタジーでありながら、その世界には彼らしい毒とブラックユーモアがたっぷりと詰め込まれています。
欲張り、わがまま、競争心、テレビへの依存――。
工場に招待された子どもたちは、それぞれが抱える欠点によって奇妙な運命をたどっていきます。
けれど、本作を大人になってから観ると、単なる「悪い子どもへの教訓」を描いた物語ではないことに気づきます。
物語のもう一人の子どもは、実はウィリー・ウォンカ自身なのかもしれません。
何でも作ることができる男と、ほとんど何も持っていない少年。
二人を分けているものは、才能でも、お金でもありません。
それは「家族」という存在でした。
あらすじ(ネタバレなし)
世界中で愛されているウォンカ製のチョコレート。
しかし、そのチョコレートを生み出している巨大な工場は長い間一般には公開されておらず、工場主ウィリー・ウォンカがどのようにお菓子を作っているのか、そこで誰が働いているのかさえ謎に包まれていました。
そんなある日、ウォンカは世界中で販売されるチョコレートの中に、わずか5枚の「ゴールデンチケット」を入れたことを発表します。
チケットを手に入れた5人の子どもは、秘密のチョコレート工場へ招待されるというのです。
世界中がゴールデンチケット探しに熱狂するなか、次々と当選者が現れます。
食べることが大好きなオーガスタス、欲しいものは何でも手に入れようとするベルーカ、勝つことに強くこだわるバイオレット、テレビとゲームに夢中のマイク。
そして最後の一人となるのが、工場の近くにある小さな家で家族と暮らす少年、チャーリー・バケットでした。
決して裕福ではありませんが、チャーリーは家族を何よりも大切にする心優しい少年です。
やがて5人の子どもたちは、それぞれの保護者とともに、謎に包まれていたウォンカの工場へ足を踏み入れます。
そこで彼らを待っていたのは、想像をはるかに超えるお菓子と発明、そして少し奇妙な工場主ウィリー・ウォンカでした。
夢のような工場見学が始まりますが、その先には子どもたち一人ひとりの性格を試すかのような、不思議な出来事が待ち受けていました。
感想
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
『チャーリーとチョコレート工場』と聞いて最初に思い浮かべるのは、やはりティム・バートンならではの独特な映像世界ではないでしょうか。
チョコレートの川、巨大なお菓子、ウンパ・ルンパたち、奇妙な発明品。
工場の扉が開いた瞬間から、まるで巨大なテーマパークへ入り込んだようなワクワク感があります。
ところが、その華やかな世界を少し注意して見てみると、そこにはかなり強烈な毒が潜んでいます。
そして、この「甘さと毒」の組み合わせこそが、本作を単なる子ども向けファンタジーで終わらせていない最大の魅力だと思います。
工場へ招待された子どもたちは、それぞれ非常に分かりやすい欠点を持っています。
オーガスタスは食欲を抑えられない。
ベルーカは欲しいものを何でも手に入れようとする。
バイオレットは何よりも勝つことを求める。
マイクは自分の知識を過信し、大人の話を聞こうとしない。
そして彼らは、自分自身の欲望によって次々と脱落していきます。
しかもティム・バートンは、その出来事を感動的な教訓として描きません。
むしろブラックユーモアとして楽しんでいます。
ウンパ・ルンパたちが歌って踊るたびに、子どもたちの欠点が容赦なく風刺される。
かなり意地悪です。
でも、だからこそ面白いのです。
一方のチャーリーには、ほかの4人とは決定的に違うものがあります。
それは「足ることを知っている」ということです。
チャーリーは貧しい。
欲しいものを自由に買うこともできません。
けれど、彼は自分が持っているものを大切にします。
その象徴が家族です。
ウォンカの工場には、世界中の子どもが夢見るものが何でもあります。
食べきれないほどのお菓子。
想像を超える発明。
そして最後には、工場そのものまでチャーリーに与えられようとします。
普通なら、これ以上の幸福はないでしょう。
しかしウォンカが提示した条件は、
「家族を捨てること」
でした。
チャーリーは迷うことなく断ります。
ここで物語の構図が反転します。
それまで私たちは、ウォンカが子どもたちを試していると思っていました。
ところが、本当に試されていたのはウォンカ自身だったのではないでしょうか。
何でも持っているウォンカと、何も持っていないチャーリー
ウォンカとチャーリーは、正反対の存在として描かれています。
ウォンカには巨大な工場があります。
富があります。
才能があります。
世界中の人々が彼のチョコレートを欲しがっています。
しかし、彼には家族がいません。
一方のチャーリーには、お金がありません。
それでも彼の家には、両親と祖父母がいます。
狭い家の中で家族が寄り添って生きています。
物質的に見ればウォンカの方が圧倒的に豊かです。
しかし精神的には、その関係が逆転しています。
だからこそウォンカには、チャーリーの選択が理解できません。
工場と家族。
そんなものを比べる必要さえないと、ウォンカは思っているのでしょう。
しかしチャーリーにとっては逆です。
工場と引き換えにしなければならないほど価値の低いものではない。
家族こそが、最初から彼が持っていた最大の財産なのです。
ウィリー・ウォンカは「成長できなかった子ども」
この映画でとても面白いのが、ウォンカの過去を描いていることです。
彼の父ウィルバーは歯科医で、幼い息子にお菓子を厳しく禁じていました。
その反動によってウォンカはチョコレートの世界へ夢中になり、やがて父親のもとを離れます。
つまり彼は、大人になって成功した後も、心のどこかでは父親に反抗した少年のままなのです。
ジョニー・デップのウォンカが妙に子どもっぽく見えるのも、単なる奇人として演じているからではないと思います。
彼は人との距離の取り方が分からない。
家族について話すことさえ苦手です。
世界最高のお菓子を作ることはできても、自分自身の傷をどう扱えばいいのか分からないのです。
そんなウォンカに必要だったのがチャーリーでした。
ウォンカはチャーリーを後継者にしようとします。
しかし物語が終わってみれば、人生について教えたのはチャーリーの方でした。
父親と息子。
どちらも不器用で、長い間相手に歩み寄ることができなかった。
その二人をつないだのがチャーリーです。
チャーリーは工場を手に入れることでウォンカから救われる少年ではありません。
むしろチャーリーの存在によって、ウォンカの方が救われていくのです。
ジョニー・デップとフレディ・ハイモア ― 奇妙さと温かさの絶妙な対比
本作を語るうえで、ジョニー・デップのウィリー・ウォンカは外せません。
ティム・バートン監督と何度も作品を作ってきたジョニー・デップですが、本作でも非常に奇妙で、それでいて一度見たら忘れられない人物を作り上げています。
表情、話し方、立ち振る舞い。
どれを取っても普通ではありません。
しかし単に「変人」を演じるだけではなく、その奇妙さの奥に、人との接し方を知らない孤独な少年のようなものを感じさせます。
対するチャーリーを演じたフレディ・ハイモアも素晴らしいです。
派手な演技ではありません。
むしろウォンカの強烈なキャラクターとは正反対です。
それでも、その穏やかな表情や話し方から、チャーリーの知性、優しさ、家族への愛情が自然に伝わってきます。
ジョニー・デップの「奇妙さ」と、フレディ・ハイモアの「温かさ」。
この二人の対比があるからこそ、物語の中心にあるウォンカとチャーリーの関係がこれほど魅力的になったのでしょう。
特にフレディ・ハイモアは、ただ可愛らしいだけの子役ではありません。
周囲に強烈なキャラクターが並ぶ中で、静かな演技によって作品の中心をしっかり支えています。
この二人のキャスティングが、本作の完成度を大きく引き上げていることは間違いありません。
この映画がおすすめなひと
- ティム・バートン監督の独特な世界観が好きな人
- ジョニー・デップの個性的な演技を楽しみたい人
- 子どもと大人の両方が楽しめるファンタジーを探している人
- ブラックユーモアのある作品が好きな人
- 家族をテーマにした物語が好きな人
- 映像や美術を眺めているだけでも楽しい映画が好きな人
- 子どもの頃に本作を観て、大人になってもう一度観返したい人
評価
※評価は執筆時点のものです。
Filmarks:★ 3.7 / 5.0
IMDb:★ 6.7 / 10
視聴情報(サブスクリプション)
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