Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『ディア・エヴァン・ハンセン(Dear Evan Hansen)』― 誰かに必要とされたかった少年の嘘

 

SNS時代の孤独や承認欲求、そして心の傷を抱えた若者たちを描いたミュージカル映画『ディア・エヴァン・ハンセン』。

ブロードウェイで大ヒットを記録し、多くの観客の心を掴んだ同名ミュージカルを映画化した本作は、ひとつの小さな嘘から始まる物語です。

主人公エヴァンは決して悪意を持っていたわけではありません。しかし「誰かに必要とされたい」という切実な願いが、やがて多くの人々を巻き込む大きな嘘へと発展していきます。

心の病や家族の問題、SNS社会が生み出す光と影を描きながらも、最後には希望を見出そうとする作品です。

 

あらすじ(ネタバレなし)

社交不安障害を抱えた高校生エヴァン・ハンセンは、セラピーの一環として自分自身に手紙を書くよう勧められていました。

ある日、彼が書いた手紙を同級生のコナー・マーフィーが持ち去ってしまいます。

数日後、エヴァンは校長室へ呼び出され、コナーが自ら命を絶ったことを知らされます。そしてコナーの両親は、遺品として見つかったエヴァンの手紙を見て、二人が親友だったと思い込んでしまいます。

真実を伝えることができないまま、エヴァンはコナーとの架空の友情を語り始めます。

その優しい嘘は悲しみに暮れる遺族を救う一方で、SNSを通じて大きな共感を呼び、多くの人々を巻き込む社会現象へと発展していくのでした。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

本作を観てまず感じたのは、「共感できる部分」と「どうしても共感しづらい部分」が同居している作品だということです。

正直に言うと、エヴァンの行動には疑問を感じる場面が少なくありません。

最初は些細な誤解だったものの、ゾーイとの距離を縮めたい気持ちや、マーフィー家に受け入れられる心地良さを手放せなくなった結果、彼は次々と嘘を重ねていきます。

観客の中には、

「なぜ途中で真実を話さなかったのか」

「ここまで来る前に止められたのではないか」

と感じる人も多いでしょう。

私自身も、その部分ではどうしてもエヴァンに完全には感情移入できませんでした。

しかし同時に、本作はエヴァンの嘘そのものよりも、彼がなぜその嘘にすがったのかを描いた作品でもあります。

エヴァンは社交不安障害を抱え、人との関わり方がわからない少年です。

父親は不在で、母親のハイジも息子を愛しているものの、生活のために働き続けなければならず、十分な時間を共有できません。

彼が劇中で抱えていた孤独は想像以上に深いものでした。

誰にも必要とされていない。

自分がいなくなっても誰も気づかないかもしれない。

そんな絶望の中にいた彼にとって、マーフィー家から向けられた温かさは初めて得た「家族のような居場所」だったのです。

だからこそ、その居場所を失うことが怖くなった。

その弱さは決して褒められるものではありませんが、理解はできる部分でもありました。

また本作で印象的なのは、コナー本人よりも「コナーを失った家族」の物語でもあることです。

母シンシアは息子を理解できなかった後悔を抱えています。

父ラリーは息子との関係を修復できなかった自責の念を抱えています。

そして妹ゾーイは兄との複雑な関係に苦しみながらも、世間が作り上げた「理想のコナー像」に戸惑います。

彼らは皆、現実のコナーではなく「こうあってほしかったコナー」を見ているのです。

だからこそ、エヴァンの嘘は残酷でありながら、同時に彼らを一時的に救ってしまいました。

この作品が投げかけるのは、

「真実だけが人を救うのか」

という問いでもあるように感じます。

もちろん最終的には真実が明かされます。

しかしその過程でエヴァンの言葉に救われた人々がいたことも事実です。

その複雑さこそが本作の魅力だと思います。

そして忘れてはならないのが音楽の力です。

エヴァンが孤独を吐露する「Waving Through a Window」、母ハイジが歌う「So Big / So Small」、そしてクライマックスの数々の楽曲は、セリフだけでは表現しきれない感情を見事に伝えてくれます。

ストーリーには賛否が分かれる部分もありますが、人が抱える孤独や不安をこれほど真正面から描いた作品は決して多くありません。

共感できるかどうかは人によるかもしれませんが、一度は触れてみる価値のある作品だと思います。

 

演技

主演のBen Plattは、舞台版でトニー賞を受賞した当たり役を再び演じています。

映画化にあたり年齢について議論もありましたが、エヴァンの不安定な精神状態や繊細な感情表現は圧巻でした。

また、Kaitlyn Deverはゾーイ役として非常に存在感があります。兄を失った悲しみと複雑な感情を繊細に表現しており、本作の感情的な核の一つになっています。

さらに、Amy AdamsJulianne Mooreという実力派俳優陣の歌唱シーンも見どころです。

Amandla StenbergNick DodaniColton Ryanを含め、キャスト全員が歌と演技の両面で作品を支えています。

 

この映画がおすすめなひと

  • ミュージカル映画が好きな方
  • 若者のメンタルヘルスを扱った作品に興味がある方
  • SNS時代の孤独や承認欲求を描いた作品が好きな方
  • 家族の再生をテーマにした物語が好きな方
  • ケイトリン・デヴァーの出演作を追っている方
  • 『グレイテスト・ショーマン』が好きな方

 

評価

※評価は執筆時点のものです。

  • Filmarks:★☆3.6 / 5.0
  • IMDb:★☆6.1 / 10

視聴情報(サブスクリプション)

※配信状況は変わる場合があります。
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