Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた(Hearts Beat Loud)』― 親子で奏でた、ひと夏だけのセッション

 

音楽映画には、夢を追いかける物語や成功譚を描いた作品が数多く存在します。しかし『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は、それらとは少し違います。

この作品が描いているのは「売れること」でも「スターになること」でもありません。主人公は夢を諦めた父親と、これから人生を歩み始める娘。音楽は成功への手段ではなく、親子がお互いの気持ちを伝えるための"会話"として存在しています。

派手なドラマはありません。それでも、音楽を愛したことがある人、大切な人との別れを経験したことがある人には、静かに胸へ染み込んでくる一本です。

 

あらすじ(ネタバレなし)

ブルックリンでレコード店「Red Hook Records」を営むフランク・フィッシャーは、かつてミュージシャンを夢見ていました。しかし、その夢は叶わず、妻を事故で亡くした今は、娘サムを男手一つで育てながら店を切り盛りしています。

ところが時代の流れには逆らえず、レコード店は閉店を決意。そして、医学部への進学を控えるサムも夏の終わりには家を離れることになっていました。

親元を離れる前の限られた時間を恋人ローズと過ごしたいサムに対し、フランクは少しでも娘との時間を増やそうと、何かにつけて音楽へ誘います。

ある日、二人のセッションの中でサムが書き上げた楽曲「Hearts Beat Loud」を録音したフランクは、娘に無断でSpotifyへ投稿します。

すると、その曲は思いもよらない反響を呼び、大勢のリスナーから支持されることになります。

夢を諦めきれなかった父は、もう一度音楽の世界へ飛び込もうとします。しかし娘が望んでいた未来は、音楽ではなく医師になることでした。

同じ音楽を愛しながらも、親子はそれぞれ異なる未来を見つめ始めます。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

音楽映画は数え切れないほど存在しますが、本作はその中でも非常に"優しい"作品です。

個人的な音楽映画トップ5には惜しくも入りませんでしたが、それでも親子愛と音楽への誠実な向き合い方に、とても心を動かされました。

多くの音楽映画では、音楽は夢を叶えるための手段として描かれます。しかし本作では、音楽は「親子の時間そのもの」です。

フランクにとって音楽は、もう一度人生をやり直す希望でした。

一方のサムにとって音楽は好きなものであっても、人生そのものではありません。彼女には医師になるという、もっと明確な夢があります。

この温度差こそが、本作最大のテーマだったように感じます。

Spotifyで曲が話題になった瞬間、父は再び夢を見始めます。しかし娘は最初からその夢を共有していません。

親子だから同じ夢を見るとは限らない。

その現実を、この映画はとても自然に描いています。

フランクは決して悪い父親ではありません。

むしろ娘を誰よりも愛しています。

だからこそ、亡き妻の名前を持ち出し、「母さんならデビューを勧めたはずだ」と口にした場面は胸が痛みました。

あれは娘のためというより、自分自身の夢を正当化したかった言葉だったのでしょう。

だからサムが怒るのも当然でした。

しかし、この映画はそこで父親を悪者にはしません。

夢を諦めきれない大人の弱さも、人間らしく描いています。

最後のレコード店でのライブも印象的でした。

CDデビューでも、大舞台でもありません。

閉店する小さなレコード店。

お客さんたちが音楽を聴きながら笑顔になり、親子も自然と笑顔になる。

あの瞬間こそ、この作品が伝えたかった"音楽の価値"なのだと思います。

音楽は有名になるためだけにあるものではない。

誰かと時間を共有するためにある。

そんなメッセージが静かに伝わってきました。

ラストでサムは西海岸へ旅立ち、父は新しい仕事へ進みます。

二人は別々の人生を歩み始めますが、決して離れてしまったわけではありません。

音楽が親子をつないだように、お互いを認め合えたことで、新しい親子関係が始まったようにも感じられました。

派手なクライマックスも、大きな奇跡もありません。

それでも観終わったあとには、小さなライブハウスを出たあとのような心地よい余韻が残る作品でした。

 

演技

ニック・オファーマン(フランク)

代表作では豪快なキャラクターを演じることが多いニック・オファーマンですが、本作では娘との別れを受け入れられない父親を繊細に演じています。

夢を追う青年でも、完全な大人でもない。

人生の途中で立ち止まった男の哀愁が、とても自然でした。

歌唱シーンも温かみがあり、本当に音楽を愛してきた人物に見えます。

キアシー・クレモンズ(サム)

本作の中心となる存在です。

父を愛しているからこそ、自分の夢を諦めたくない。

その葛藤を非常にナチュラルに表現しています。

歌声にも透明感があり、音楽シーンの説得力を支えていました。

トニ・コレット(レスリー)

出演時間は決して長くありませんが、フランクを温かく見守る存在として作品全体を優しく包み込んでいます。

押しつけがましくない優しさは、さすがトニ・コレットです。

 

この映画がおすすめな人

  • 音楽映画が好きな方
  • 親子をテーマにした作品が好きな方
  • 『はじまりのうた』『シング・ストリート』のような温かな音楽映画が好きな方
  • インディーズ映画の空気感が好きな方
  • 派手さよりも、心に残る作品を探している方

評価

※評価は執筆時点のものです。

  • Filmarks:★★★★☆(3.8 / 5.0)
  • IMDb:★★★★☆☆☆☆☆☆(6.9 / 10)

視聴情報

※配信状況は変更される場合があります。
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