Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『JUNO/ジュノ(Juno)』―大人になるとは、正しい答えを知ることではない

 

16歳の高校生が妊娠する――。

この設定だけを聞けば、とても重く、深刻な社会派ドラマを想像するかもしれません。

しかし、2007年に公開されたジェイソン・ライトマン監督の『JUNO/ジュノ』は、その題材を必要以上に悲劇として扱いません。

主人公ジュノは、自分が妊娠したことを知っても、泣き崩れるわけでも、世界の終わりのように絶望するわけでもありません。皮肉を言い、冗談を飛ばし、ときには周囲の大人たちよりも冷静に、自分の置かれた状況を受け止めていきます。

けれど、その軽やかな語り口の奥にあるのは、決して軽い物語ではありません。

子どもを産むとはどういうことなのか。

親になるとはどういうことなのか。

そして、「大人になる」とは一体どういうことなのか。

『JUNO/ジュノ』は、高校生の妊娠をきっかけに、恋愛、家族、結婚、養子縁組、そして大人たちの未熟さまでを描いていきます。

重いテーマを扱いながら、どこか温かく、少し可笑しく、そして観終わったあとには不思議な優しさが残ります。

人間の不器用さと温かさを描くジェイソン・ライトマン監督らしさが感じられる、とても魅力的な一本です。

 

あらすじ(ネタバレなし)

ミネソタ州に暮らす16歳の高校生、ジュノ・マクガフ(エリオット・ペイジ)は、友人のポーリー・ブリーカー(マイケル・セラ)との一度の関係によって妊娠したことを知ります。

最初は中絶することを考えたジュノでしたが、クリニックを訪れた末にその選択をやめ、子どもを出産したあと養子に出すことを決意します。

親友リア(オリヴィア・サールビー)とともに養子縁組先を探し始めたジュノは、やがて裕福な夫婦マーク(ジェイソン・ベイトマン)とヴァネッサ(ジェニファー・ガーナー)を見つけます。

子どもを強く望んでいるヴァネッサと、音楽や映画を愛するマーク。

二人と会ったジュノは、生まれてくる子どもを彼らに託そうと考えます。

父マック(J・K・シモンズ)と継母ブレン(アリソン・ジャネイ)も、突然の出来事に驚きながらジュノを支えていきます。

一方、ジュノは子どもの父親であるポーリーに対して、どこか素っ気ない態度を取り続けていました。

妊娠、出産、養子縁組。

そして、自分でもうまく説明できないポーリーへの感情。

16歳のジュノは、大人でさえ簡単には答えを出せない問題と向き合いながら、少しずつ自分自身の気持ちを知っていくことになります。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

『JUNO/ジュノ』は高校生の妊娠を描いた作品ですが、決して全編が重苦しい映画ではありません。

むしろ、少し風変わりなユーモアと軽快な会話によって物語が進んでいきます。

そのため最初は、「16歳の少女が予期せぬ妊娠をしてしまった青春映画」のようにも見えます。

しかし最後まで観ると、本作が描いているのは妊娠そのもの以上に、**「大人になるとはどういうことなのか」**という問いなのではないかと思います。

ジュノは16歳です。

当然、社会的にはまだ子どもです。

妊娠という大きな出来事に対しても、どこか他人事のように振る舞います。冗談を言い、皮肉を飛ばし、感情を表に出そうとしません。

一見すると、とても強い少女です。

しかし、それは彼女なりの防御でもあるように感じます。

自分がどれほど大きな出来事の中心にいるのか、本当はジュノ自身が一番理解しているのでしょう。

だからこそ、深刻になりすぎないようにしている。

笑いに変えることで、自分自身を守っているようにも見えます。

ところが物語が進むにつれて、その「強さ」に少しずつ亀裂が入っていきます。

そして、その大きなきっかけとなるのがマークです。

ジュノがマークと親しくなっていく場面は、この映画の中でも非常に興味深い部分です。

二人には音楽や映画という共通の趣味があります。

ジュノにとってマークは、堅苦しい大人ではありません。

若い頃にはバンドをしていて、音楽が好きで、ホラー映画にも詳しい。

ジュノから見れば、「話の分かる大人」だったのでしょう。

ところが、そのマークこそが物語の中で最も「大人になりきれていない人物」として描かれていきます。

彼はやがて、ヴァネッサと別れて自分の人生をやり直したいとジュノに打ち明けます。

父親になることにも迷いを見せます。

それを聞いたジュノは動揺します。

なぜなら彼女は、マークとヴァネッサを「完成された大人の夫婦」だと思っていたからです。

自分にはできないことを、この二人ならできる。

だから安心して子どもを託せる。

そう信じていた土台が崩れてしまうのです。

ここで面白いのは、16歳のジュノよりも、成人して結婚しているマークのほうがずっと幼く見えてしまうことです。

年齢を重ねることと、大人になることは同じではない。

『JUNO/ジュノ』は、そのことをとても静かに突きつけます。

一方、最初のジュノはヴァネッサに対して少し距離を置いています。

ヴァネッサは几帳面で、家も美しく整え、何もかも完璧に準備しようとしています。

自由奔放なジュノとは正反対です。

けれど、ショッピングモールで子どもたちと接するヴァネッサを見ることで、ジュノの印象は少しずつ変わっていきます。

そしてジュノがお腹の赤ちゃんに話しかけるよう促し、ヴァネッサが胎動を感じる場面。

ここは本作でも特に温かい場面です。

ヴァネッサが欲しかったのは、「理想的な家庭」という外側の形だけではありません。

彼女は心から母親になりたかったのです。

だからこそ終盤、夫婦という形が崩れてしまっても、ジュノはヴァネッサに子どもを託します。

ジュノが子どもを託したかったのは、「完璧な夫婦」ではなかった。

本当にこの子を愛してくれる人だった。

それがヴァネッサだったのだと思います。

この映画には、いわゆる「理想の家族像」を少しずつ崩していくところがあります。

ジュノ自身の家庭もそうです。

実の母親ではなく継母のブレンがいて、父マックがいる。

一見すると複雑な家庭環境ですが、ジュノが妊娠を告白したとき、二人は驚きながらも彼女を見捨てません。

特にブレンは、ジュノにとって単なる「父親の再婚相手」ではありません。

必要なときには厳しく、必要なときには誰よりもジュノを守ります。

一方、ジュノが「理想的な家庭」だと思っていたローリング夫妻は離婚することになります。

それでもヴァネッサは一人で母親になる。

つまり本作は、家族の価値を「父親と母親がそろっているか」という形だけでは判断していません。

大切なのは、その場所に愛情と責任があるかどうかなのだと思います。

そして忘れてはいけないのがポーリーです。

マイケル・セラ演じるポーリーは、とても不器用です。

派手なこともしません。

ジュノを妊娠させた当事者でありながら、物語の中心から少し離れた場所にいるようにも見えます。

しかし、実は彼こそが最初から最後までジュノを大切に思っていた人物でした。

ジュノはそんなポーリーに素っ気ない態度を取りながら、彼が別の女の子をプロムに誘ったと知ると嫉妬します。

そこで初めて、彼女自身が自分の感情から逃げていたことが見えてきます。

ジュノは妊娠という非常に大きな問題については驚くほど現実的な決断をしていくのに、恋愛については驚くほど不器用です。

このアンバランスさが、彼女がまだ16歳なのだということを思い出させます。

出産後、ジュノは泣きます。

それまで強気で、皮肉屋で、何でも自分で処理できるかのように振る舞っていた彼女が、ポーリーのそばで涙を流します。

この瞬間がとても好きです。

彼女は母親にならないことを選びました。

その決断を後悔しているわけでもありません。

それでも、悲しくないわけではない。

正しいと思う選択をしたとしても、痛みが消えるわけではありません。

人間の感情は、それほど単純ではないのです。

そしてポーリーは、その涙を止めようとはしません。

ただそばにいます。

それで十分なのだと思います。

もちろん、高校生の妊娠や養子縁組に対する考え方は、日本とアメリカでは文化的・社会的背景が異なります。

また、ジュノ自身も一般的な価値観に簡単には当てはまらない人物です。

そのため、彼女の選択のすべてをそのまま「正しい」「間違っている」と判断する作品ではないように思います。

むしろ『JUNO/ジュノ』が面白いのは、簡単な正解を用意しないところです。

妊娠したから人生が終わるわけでもない。

子どもを産んだから母親にならなければならないわけでもない。

結婚しているから立派な大人というわけでもない。

一人だから家族を作れないわけでもない。

誰も完璧ではありません。

それでも、自分なりに責任を引き受け、誰かを思いながら選択していく。

その積み重ねこそが、「大人になる」ということなのかもしれません。

本作がこれほど長く愛されている理由のひとつは、重いテーマを扱いながら、人間そのものを否定しないところにあると思います。

ジュノも間違えます。

ポーリーも不器用です。

マークもヴァネッサも完璧ではありません。

ジュノの両親だって、突然16歳の娘から妊娠を告げられて、すべて正しく対応できるわけではありません。

それでも映画は、彼らを単純な善人と悪人に分けません。

人は未熟で、矛盾していて、ときには誰かを傷つけます。

それでも誰かを愛したり、誰かのために責任を負ったりすることはできます。

人間の温かみを描くと強いジェイソン・ライトマン監督らしい作品であり、その軽やかなユーモアの奥に、思っていた以上に深いものが残る映画でした。

 

演技

エリオット・ペイジ/ジュノ・マクガフ

本作の魅力の中心にいるのは、やはりジュノを演じたエリオット・ペイジです。

ジュノという人物は、演じ方によってはかなり難しいキャラクターだったと思います。

頭の回転が速く、皮肉屋で、少し生意気。

しかし、単なる「変わった高校生」になってしまってはいけません。

エリオット・ペイジは、その強気な外側の奥にあるジュノの不安や寂しさ、そして16歳らしい幼さを自然に見せています。

特に後半、マークの告白によって自分が信じていた未来が崩れていく場面や、出産後に感情を抑えきれなくなる場面では、それまでのジュノとの落差が強く残ります。

強いのではなく、強く振る舞っていた。

そう感じさせる演技が素晴らしいです。

マイケル・セラ/ポーリー・ブリーカー

そしてマイケル・セラ演じるポーリーの存在も、この作品には欠かせません。

ジュノとは対照的に、ポーリーはとにかく静かです。

気の利いた言葉を連発するわけでもありません。

しかし、その不器用さの中にジュノへの真っ直ぐな気持ちがあります。

映画の終盤で、ジュノがようやく自分の気持ちに素直になれたとき、二人の関係もようやく同じ場所にたどり着きます。

エリオット・ペイジの鋭さとマイケル・セラの柔らかさ。

この対照的な二人だからこそ、ジュノとポーリーの関係がとても愛おしく見えるのだと思います。

 

この映画がおすすめなひと

  • 青春映画が好きな方
  • 重いテーマをユーモアと温かさで描く作品が好きな方
  • 家族や親になることについて考えさせられる映画を観たい方
  • 少し変わった主人公の成長物語が好きな方
  • エリオット・ペイジ、マイケル・セラ出演作が好きな方
  • ジェイソン・ライトマン監督作品が好きな方
  • 観終わったあとに優しい余韻が残る作品を探している方

評価

※評価は執筆時点のものです。

  • Filmarks:★ 3.6 / 5.0
  • IMDb:★ 7.4 / 10

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