Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『モリーズ・ゲーム(Molly's Game)』―すべてを失っても、彼女が最後まで守ったもの

 

オリンピックを目指していた一流アスリートが、やがてハリウッドスターや大富豪たちが集う高額ポーカーゲームの主催者となり、ついにはFBIに逮捕される――。

これだけ聞けば、まるで映画のために作られたような物語です。

しかし『モリーズ・ゲーム』は、実在する女性モリー・ブルームの回想録をもとにした作品です。

主人公モリーを演じるのはジェシカ・チャステイン。彼女の弁護士チャーリー・ジャフィーをイドリス・エルバ、厳格な父ラリーをケビン・コスナーが演じています。

本作の面白さは、単なる「違法ポーカーの世界を描いた映画」ではありません。

勝負の世界で育ち、勝つことで自分の価値を証明し続けてきた一人の女性が、すべてを失ったあとに「自分にとって本当に守るべきものは何なのか」を見つめ直していく物語でもあります。

莫大な金が一夜にして動き、成功者たちの欲望とプライドがむき出しになるテーブル。

そこでモリーが目にしたのは、華やかなセレブリティの世界ではなく、人間の欲望そのものだったのかもしれません。

 

あらすじ(ネタバレなし)

モリー・ブルーム(ジェシカ・チャステイン)は、幼い頃から厳格な父ラリー(ケビン・コスナー)の指導を受け、モーグルの選手としてオリンピック出場を期待されるほどの実力を持っていました。

しかし、重要な大会で起きたアクシデントによって競技人生は突然終わりを迎えます。

法律家を目指していたモリーでしたが、ロー・スクールへの進学を延期し、気分転換も兼ねてロサンゼルスへ。

そこで働き始めた彼女は、不動産業を営むディーン・キース(ジェレミー・ストロング)のアシスタントとなります。

やがてディーンから任されたのが、富裕層を集めた秘密のポーカーゲームの運営でした。

映画スター、実業家、投資家――。

一晩で莫大な金が動く世界を目の当たりにしたモリーは、持ち前の頭脳と観察力でポーカーゲームの仕組みを学んでいきます。

しかし、ディーンとの関係が悪化したことで彼女は解雇されます。

そこでモリーが選んだのは、元の人生へ戻ることではありませんでした。

自分自身のポーカーゲームを立ち上げることだったのです。

彼女のゲームには「プレイヤーX」(マイケル・セラ)をはじめ、さらに多くの富裕層が集まり、モリーは巨額の金が動く世界の中心人物となっていきます。

しかし、金額が大きくなるほど、そこへ集まってくる人間も変わっていきます。

やがてモリーの周囲には、犯罪組織やFBIの影までもが忍び寄ることになります。

すべてを失った彼女を待っていたのは、敏腕弁護士チャーリー・ジャフィー(イドリス・エルバ)との出会いでした。

果たしてモリーは、何を失い、そして最後まで何を守ろうとしたのでしょうか。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

『モリーズ・ゲーム』を観てまず驚かされるのは、モリー・ブルームという女性の人生そのものです。

オリンピックを目指すほどのアスリートだった女性が、競技人生を失い、ロサンゼルスへ渡り、やがてセレブや大富豪たちが集まる高額ポーカーゲームを仕切る存在になる。

そして最後にはFBIの捜査対象となる。

フィクションなら「少し出来すぎている」と感じてしまいそうですが、その大枠が実在の人物の経験をもとにしているところに本作の凄みがあります。

モリーの人生は、スキー事故を境に大きく変わります。

しかし私は、彼女が単純に「挫折して道を踏み外した女性」だとは思いませんでした。

彼女は幼い頃から父親に徹底的に鍛えられています。

苦しくても立ち上がる。

負けても終わらない。

誰よりも努力する。

そして勝つ。

そうやって生きてきた人間です。

だからスキーを失っても、モリーの中から「競争する人間」としての性質まで消えたわけではありません。

競技場が雪山からポーカーテーブルへ変わっただけなのです。

彼女自身はポーカーをプレイしません。

それでも、誰よりもゲームを研究し、客の性格を読み、必要なものを先回りして準備し、自分のゲームを最高の場所へ押し上げようとします。

ある意味でモリーは、ポーカーをしていないのにずっと「勝負」をしているのです。

特に印象が悪かったのがディーンです。

モリーをポーカーの世界へ引き込んだのは彼でした。

ところが、モリーがゲームの運営方法を覚え、プレイヤーたちから信頼され、多額のチップを手にするようになると、その存在を疎ましく思い始めます。

そして自分の立場が危うくなると彼女を解雇します。

ここには非常に皮肉な構図があります。

雑用係のように扱っていた女性が、実は自分よりも優秀だった。

ディーンにとって問題だったのは、モリーが失敗したことではありません。

むしろ、成功してしまったことだったのではないでしょうか。

しかしモリーも引き下がりません。

「だったら自分でやる」。

この行動力こそ彼女の強さです。

一方で、この「負けたままでは終われない」という性格こそが、その後さらに危険な世界へ彼女を進ませる原因にもなっていきます。

そして、本作で最も嫌な人物の一人がマイケル・セラ演じるプレイヤーXです。

彼は大金を持っています。

ポーカーも強い。

しかし彼が本当に楽しんでいるのは、お金を増やすことだけではありません。

相手が負ける姿を見ること。

そこに彼の怖さがあります。

自分が勝つ喜びよりも、誰かが壊れていく姿に快感を覚えているように見えるのです。

そしてモリーが自分の思い通りにならないと分かると、彼女のゲームからプレイヤーたちを奪い去ります。

そのやり方はあまりにも姑息です。

しかし同時に、プレイヤーXという存在によって、本作が描こうとしている「ギャンブルの怖さ」がより鮮明になります。

金を持っているから安全なのではありません。

むしろ金があるからこそ、賭け金は際限なく大きくなっていきます。

そこにプライド、承認欲求、復讐心、支配欲が加われば、ゲームは単なる娯楽ではなくなってしまいます。

本作を観ていると、海外におけるギャンブルの規模の大きさにも驚かされます。

一晩で普通の人には想像できないような金額が動き、負けた人間はその損失を取り戻すため、さらに大きな賭けへ向かいます。

ハーランのエピソードはその恐ろしさを象徴しています。

冷静なときには優秀だった人間が、一度感情を乱されると別人のようになってしまう。

「次なら取り戻せる」。

「ここでやめれば負けが確定する」。

そんな心理が、人間をさらに深い場所へ連れていきます。

日本でもカジノを含むIR(統合型リゾート)の計画が進められていますが、本作を観ると、合法・違法という線引きだけでは語れないギャンブルの危うさについて考えさせられます。

もちろん、カジノができることと本作で描かれる犯罪をそのまま結びつけることはできません。

それでも、大きなお金が動く場所には、それを利用しようとする人間が集まりやすいという側面は無視できないでしょう。

本作では、最初は華やかな成功者たちの社交場だったポーカーゲームに、次第に詐欺師や犯罪組織まで入り込んできます。

モリー自身も、最初から犯罪者になろうとしていたわけではありません。

しかし運営を続けるための小さな判断が、少しずつ彼女を法律の向こう側へ押し出していきます。

この「一線を越える瞬間が意外なほど小さい」というところも、本作の怖さでした。

モリーは確かに多くの男性たちに利用されています。

ディーンに利用され、プレイヤーXにゲームを潰され、犯罪組織から暴力を受けます。

しかし映画は、彼女を完全な被害者としては描きません。

モリー自身も金に魅了されます。

自分の能力が評価されることにも酔っていきます。

そして法律の知識があるにもかかわらず、危険な一線を越えてしまいます。

つまり彼女は、自分が何をしているのかまったく理解していなかったわけではありません。

だからこそ最後に彼女は、自分の行動に責任を取ります。

ここが重要なのだと思います。

終盤でモリーには、自分を救うための大きなチャンスが与えられます。

ゲームに参加した人々についての情報を渡せば、自分の立場を有利にできる。

彼女が持っているハードディスクには、世間が欲しがる情報が大量に入っています。

有名人たちの秘密を差し出せばいい。

そうすれば、自分自身を救えるかもしれない。

しかしモリーは拒否します。

ここで初めて、『モリーズ・ゲーム』という映画が単なる犯罪映画ではなかったことがはっきりします。

彼女が最後まで守ろうとしたのは金ではありません。

成功でもありません。

セレブとの人脈でもありません。

自分の名前です。

自分がどういう人間なのか。

何をした人間として生きていくのか。

そこだけは他人に決めさせたくなかったのでしょう。

イドリス・エルバ演じるチャーリーも、本作に欠かせない存在です。

最初はモリーの事件に積極的ではありません。

しかし彼女の行動を知るにつれて、その評価を変えていきます。

モリーには、他人を売れば自分を救える場面が何度もありました。

それでも彼女はそうしませんでした。

チャーリーが見ていたのは、起訴状に書かれた「違法ポーカーの運営者」ではなく、その裏側にいる一人の人間だったのでしょう。

法律では罪を分類できます。

しかし、人間そのものを法律だけで分類することはできません。

そのことをチャーリーという弁護士の存在が示しているように感じます。

そして個人的に、本作で最も印象に残ったのは父ラリーとの会話です。

モリーの強烈な負けず嫌い。

誰にも弱みを見せない性格。

自分一人で問題を解決しようとする姿勢。

それらの根底には、父親との関係がありました。

父はモリーに厳しく接してきました。

モリーは「なぜ自分だけこんなに厳しく扱われたのか」という思いを抱えています。

しかし父にもまた、娘に対して抱えていた罪悪感がありました。

この場面によって、それまで犯罪映画のように進んできた物語が突然、父と娘の物語へ戻っていきます。

モリーがずっと戦っていた相手は、ディーンでもプレイヤーXでもFBIでもなかったのかもしれません。

「自分は価値のある人間だと証明しなければならない」という、幼い頃から自分自身に課してきたルールだったのではないでしょうか。

冒頭のスキー事故が、最後になって別の意味を持ってくる構成も見事です。

モリーは人生で一度、すべてを失っています。

オリンピックという未来。

長年積み上げてきた努力。

自分が思い描いていた人生。

それでも彼女は立ち上がりました。

そしてポーカーの世界でも、再びすべてを失います。

金も、仕事も、社会的な信用も失う。

しかし今回は、かつてとは違います。

自分自身まで失う必要はありませんでした。

人生は、思い描いていたコースから外れた瞬間に終わるわけではない。

転んだあとに何をするのか。

そこからもう一度立ち上がれるのか。

『モリーズ・ゲーム』は、そんな再起の物語でもあったのだと思います。

 

演技 ジェシカ・チャステイン ― 知性と危うさを同時に見せる存在感

本作はジェシカ・チャステインの魅力が存分に発揮された作品です。

モリーは非常に頭の回転が速く、男性ばかりの世界でも決して引き下がりません。

チャステインはその強さを、単純な「強い女性」として演じるのではなく、その奥にある不安や孤独まで感じさせます。

豪華なドレスを身にまとい、大富豪たちを相手に堂々とゲームを仕切っているときのモリーは、自信に満ちています。

しかし、その自信が少しずつ危うさへ変わっていく。

そしてすべてを失ったあとのモリーには、それまでとはまったく違った疲労感があります。

それでも彼女の目から意志の強さだけは消えません。

 

この映画がおすすめなひと

・実話をもとにした映画が好きな人
・ジェシカ・チャステインの出演作が好きな人
・テンポの速い会話劇が好きな人
・ギャンブルやポーカーの裏側に興味がある人
・成功と転落を描いた作品が好きな人
・単純な善悪では割り切れない主人公の物語が好きな人
・挫折から立ち上がる人間を描いた映画が好きな人

 

評価

※評価は執筆時点のものです。

Filmarks:★ 3.6 / 5.0
IMDb:★ 7.4 / 10

 

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モリーズ・ゲーム(字幕版)

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