「もし、自分の母親と同じ年齢で出会うことができたなら。」
そんな誰もが一度は想像したことのあるような空想を、驚くほど静かで優しい物語として描き上げたのが『秘密の森の、その向こう』です。
監督は『燃ゆる女の肖像』で世界中から高い評価を受けたセリーヌ・シアマ。恋愛映画とはまったく異なる題材でありながら、本作でも「人と人が理解し合う瞬間」を繊細な映像と言葉で描いています。
上映時間はわずか73分。しかし、その短さを感じさせないほど濃密で、観終えたあとには優しく胸を締めつけられるような余韻が残ります。
派手な展開やドラマチックな演出ではなく、何気ない会話や沈黙の中から親子の愛情や喪失、そして赦しを描き出す珠玉の一本です。
あらすじ(ネタバレなし)
8歳のネリーは、大好きだった祖母を亡くし、両親とともに祖母の家を訪れます。
そこは母マリオンが子ども時代を過ごした思い出の家。しかし母は祖母を失った悲しみに耐えきれず、一人で家を去ってしまいます。
父と二人残されたネリーは、母が子どもの頃によく遊んでいた森へ足を運びます。
そこで出会ったのは、自分と同じ8歳の少女。
少女の名前はマリオン。
母と同じ名前を名乗る彼女に導かれて家へ向かうと、そこは祖母の家。そして少女は、幼い頃の母だったのです。
時間を越えて出会った二人は、秘密を共有しながら一緒に遊び、笑い、少しずつ互いのことを知っていきます。
それは、娘が"母という存在"ではなく、一人の少女だった頃の母と向き合う、不思議で温かな時間でした。
感想
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
本作は『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督作品ですが、その実力に違わぬ映像美と、静かながらも確かに心へ物語が届く作品でした。
派手な演出や説明的なセリフはほとんどありません。
それでも観客は、登場人物が抱える悲しみや孤独、そして愛情を自然と感じ取ることになります。
映画の冒頭から祖母の死という出来事が描かれますが、本作が本当に描こうとしているのは「死」そのものではなく、「残された人がどう悲しみと向き合うか」です。
母は祖母を失った悲しみから娘にも何も告げず家を出てしまいます。
幼いネリーは理由が分からず、不安と寂しさを抱えます。
しかし過去で8歳の母と出会うことで、ネリーは母もまた自分と同じように怖がり、不安を抱え、傷つく一人の子どもだったことを知ります。
私たちは親になると、つい親という役割だけで見てしまいます。
けれど親にも子ども時代があり、夢があり、不安があり、失いたくない人がいました。
ネリーは過去で母と時間を過ごすことで、「母」という存在を初めて一人の人間として理解していくのです。
それは親子でありながら、お互いを理解し直す旅でもありました。
作中ではタイムスリップについて一切説明されません。
森はなぜ時間を繋いでいるのか。
なぜネリーだけが過去へ行けるのか。
そうしたことは最後まで語られません。
しかし、それが本作では重要ではないのでしょう。
この映画はSF映画ではなく、「悲しみを受け入れるために必要だった心の時間」を描いた作品だからです。
だからこそ、現実と幻想の境界線が曖昧であることが、この作品の優しさにも繋がっています。
森で秘密基地を作る場面も印象的でした。
子どもにとって秘密基地は、自分だけの安心できる場所です。
ネリーと幼いマリオンが一緒に秘密基地を作る姿は、親子という関係を超えて、同じ年頃の友達として心を通わせる時間でもありました。
もし母と娘という立場のまま出会っていたら、きっとこんな風に対等に遊ぶことはできなかったでしょう。
そして終盤。
子どもは親の悲しみを敏感に感じ取り、ときには自分のせいではないかと考えてしまいます。
そんなネリーに対し、幼いマリオンは「違うよ」と静かに答えます。
それは未来の母から娘への言葉でもあり、過去の少女が未来の娘を救う言葉でもありました。
親子だからこそ伝えられなかった言葉を、時間を越えてようやく届けられた瞬間だったように思います。
そしてラスト。
現在へ戻ったネリーの前に母が現れ、お互いに名前を呼び合います。
「ネリー。」
「マリオン。」
それだけのやり取りなのに、この映画で積み重ねてきた時間がすべて詰まっています。
多くを語らずとも、二人は確かにお互いを理解し合ったのでしょう。
涙を流すような感動ではなく、静かに心へ染み込むラストでした。
また、本作は抑揚があまりなく感じられたり、フランス映画ならではの芸術性の高い作風は、普段見慣れていない方からすると少し物足りなく感じるかもしれません。
しかし、親子の関係や、同じ家族であってもそれぞれが異なる悲しみや思いを抱え、それゆえにすれ違ってしまうことを、これほど優しく描いた作品はそう多くありません。
「親だから分かる」「子どもだから分からない」といった単純な構図ではなく、お互いが相手を知ろうとする姿勢が描かれていることが、本作最大の魅力だと感じました。
上映時間72分とは思えないほど、観終えたあとに何度も思い返したくなる一本です。
演技
本作を語る上で欠かせないのが、ネリー役のジョセフィーヌ・サンスと、幼いマリオン役のガブリエル・サンスです。
実際の双子姉妹である二人だからこそ生まれる自然な空気感は、本作の世界観を支える大きな要素になっています。
子役特有の「演じている感じ」がほとんどなく、本当にそこに暮らしている子どもたちを見ているような自然さがあります。
二人の演技があるからこそ、この不思議な物語に違和感なく入り込むことができました。
この映画がおすすめなひと
- セリーヌ・シアマ監督作品が好きな方
- 『燃ゆる女の肖像』の静かな映像美が好きだった方
- 親子を描いた優しい物語が好きな方
- フランス映画ならではの芸術性を味わいたい方
- 派手な展開よりも余韻を楽しむ映画が好きな方
- 短い上映時間でも深い感動を味わいたい方
評価
※評価は執筆時点のものです。
・Filmarks:★★★★☆(3.9 / 5.0)
・IMDb:★★★★☆(7.3 / 10)
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