2015年公開の『リリーのすべて(The Danish Girl)』は、世界で初めて性別適合手術を受けた人物のひとりとして知られるリリー・エルベの人生を描いた実話ベースのドラマです。
監督は『英国王のスピーチ』のトム・フーパー。主演は『博士と彼女のセオリー』でアカデミー賞を受賞したエディ・レッドメイン、そして妻ゲルダ役を演じたアリシア・ヴィキャンデルは本作でアカデミー助演女優賞を受賞しました。
性自認という言葉すら一般的ではなかった1920年代。当時の社会や医療の限界の中で、自分らしく生きるために歩み続けた一人の女性と、それを支え続けた妻の愛を描いた感動作です。
あらすじ(ネタバレなし)
1926年、デンマーク・コペンハーゲン。
風景画家のアイナー・ヴェイナーと肖像画家の妻ゲルダは、芸術家夫婦として穏やかな日々を送っていました。
ある日、ゲルダが描いていた女性モデルの代役としてアイナーがストッキングを履き、女性のポーズを取ったことをきっかけに、彼の中に眠っていた「リリー」という存在が少しずつ姿を現します。
最初は冗談の延長だったはずの女装。しかしリリーとして過ごす時間が増えるにつれ、アイナーは自分自身の本当の姿に気づいていきます。
一方で、妻のゲルダは戸惑いながらも夫を支え続けようとします。しかし当時の社会では、リリーの存在は理解されず、多くの医師から精神疾患と診断されてしまいます。
そんな中、「それは病気ではない」と理解を示す医師との出会いが訪れます。
自分らしく生きるために人生を懸けた決断。そして夫婦がたどり着く愛の形とは――。
感想・考察
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
本作を観てまず感じたのは、「自分として生きること」の重みでした。
現代ではトランスジェンダーに対する理解や医療体制は少しずつ進歩しています。しかし1920年代という時代に、自らの人生を懸けて性別適合手術へ踏み出したリリー・エルベの勇気には言葉を失いました。
劇中でも描かれているように、多くの医師はアイナーを精神疾患として扱います。
「治療しなければならない存在」
「矯正しなければならない存在」
そう見なされていた時代に、「私は女性です」と声を上げ続けることがどれほど孤独だったか想像もできません。
それでもリリーは、自分を偽る人生ではなく、本当の自分として生きる道を選びました。
そして本作で特に印象的だったのは、ゲルダの存在です。
多くの作品であれば対立や決別に向かいそうな状況ですが、ゲルダは苦しみながらもリリーを見捨てません。
もちろん彼女も傷ついています。
愛した夫が少しずつ自分の知る夫ではなくなっていくのですから。
それでも彼女は最後までリリーの味方であり続けました。
夫婦としての関係は変化していきます。
恋愛感情も以前と同じではなくなっていきます。
しかし二人の間にあった愛情そのものは消えていなかったように感じました。
むしろ夫婦という枠組みを超えて、人として相手を愛し続けた物語だったのではないでしょうか。
また、実際には史実と異なる部分や脚色もあるようですが、本作が伝えようとしている「自分らしく生きることの尊さ」は十分に伝わってきます。
さらに、当時の医療技術で前例の少ない手術に挑戦したことにも驚かされます。
現代でも大きな決断であるにもかかわらず、約100年前にここまで踏み込んだ医師や患者がいたことに、人類の歴史の先進性と勇気を感じました。
そしてラスト。
デンマークの丘で風に舞うスカーフは、ようやく自由になったリリーそのもののように見えます。
悲しい結末でありながら、不思議と解放感も残る余韻深いラストでした。
実話を基にしたヒューマンドラマが好きな方には、ぜひ一度観てほしい作品です。
演技
エディ・レッドメイン
シスジェンダー俳優がトランスジェンダー女性を演じたことについては現在でも議論があります。
しかし本作におけるエディ・レッドメインの演技は非常に繊細でした。
視線や指先、歩き方、表情の変化だけで、アイナーからリリーへと変化していく過程を見事に表現しています。
特に鏡の前で自分自身を見つめるシーンの数々は圧巻でした。
アリシア・ヴィキャンデル
本作でアカデミー助演女優賞を受賞。
戸惑い、怒り、悲しみ、愛情。
複雑な感情を抱えながらもリリーを支え続けるゲルダを見事に演じています。
この映画はリリーの物語であると同時に、ゲルダの物語でもあると感じました。
この映画がおすすめなひと
- 実話を基にした感動作が好きな方
- トランスジェンダーを題材にした作品に興味がある方
- 人間ドラマをじっくり味わいたい方
- エディ・レッドメインやアリシア・ヴィキャンデルの演技を楽しみたい方
- 『ファーザー』『博士と彼女のセオリー』『スポットライト 世紀のスクープ』などの良質なヒューマンドラマが好きな方
評価
※評価は執筆時点のものです。
・Filmarks:★★★★☆ 4.0 / 5.0
・IMDb:★★★★☆ 7.1 / 10
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