“死”を目前にした若者たちの恋愛を描いた作品、と聞くと、どうしても涙を誘う“感動作”を想像してしまうかもしれません。
しかし本作は、ただ悲しみを消費する物語ではありません。
むしろそこにあるのは、限られた時間の中でなお「どう生きるか」「誰を愛するか」を選び取ろうとする、静かで強い意思です。
軽やかな会話とユーモアの裏側に潜む、確かな痛み。
そして、その痛みを知っているからこそ見える“かけがえのなさ”。
この映画は、「生きること」の価値を、押しつけではなく、そっと差し出してくる作品です。
あらすじ(ネタバレなし)
インディアナポリスに住む少女ヘイゼルは、甲状腺がんを患いながら日々を過ごしていました。
母の勧めで参加したがん患者のサポートグループで、彼女は片足を失った青年オーガスタスと出会います。
皮肉屋で現実的なヘイゼルと、どこかロマンチストなオーガスタス。
対照的な二人は次第に心を通わせていきます。
ヘイゼルが愛読する一冊の小説『An Imperial Affliction』をきっかけに、二人はその作者に会うため、アムステルダムへの旅を計画します。
しかしその旅は、ただの夢の延長ではなく、二人にとって“現実”と向き合う時間でもありました。
限られた時間の中で、彼らが見つけたものとは何だったのか――。
感想・考察
※ここからは作品の核心に触れます。
この作品が他の“病気もの”と一線を画しているのは、「死」そのものよりも、“どう生きるか”“どう愛するか”に視点が置かれている点です。
確かに設定だけを見れば、若くして病を抱えた二人の悲恋という、ある意味で王道の構図です。ですが本作は、涙を誘うための出来事を積み重ねるのではなく、その中で交わされる言葉や選択に重きを置いています。だからこそ、観終わったあとに残るのは“悲しみ”ではなく、“静かな充足感”なのです。
まず印象的なのは、「誰が先に死ぬのか」という構造の反転です。
物語はヘイゼルの視点で進み、彼女の体調の不安定さも描かれているため、多くの観客は無意識のうちに「彼女が先にいなくなる」と思い込んでしまいます。
しかし実際には、先に亡くなるのはオーガスタス。
この展開は単なる意外性ではなく、物語のテーマそのものを浮き彫りにしています。
つまり、「人は誰しも有限であり、その順番を選ぶことはできない」という現実です。
オーガスタスは“記憶に残る存在でありたい”と語る人物でした。
英雄的な死や、多くの人に語り継がれるような人生をどこかで望んでいた。
しかし彼が最終的に辿り着いたのは、“たった一人に深く愛されること”の価値です。
その象徴が、生前葬のシーンです。
普通、弔辞とは亡くなった後に語られるものですが、彼はそれを「生きているうちに」受け取ろうとします。
これは単なる演出ではなく、「言葉は、伝えられてこそ意味を持つ」という、この映画の核心を示しています。
ヘイゼルの言葉――
“限られた日々の中の永遠”
それは、長く生きることよりも、どれだけ深く誰かと関われたかを大切にする価値観の提示でもあります。
また、アイザックの存在も見逃せません。
視力を失い、恋人にも去られ、怒りや絶望に飲み込まれそうになる彼。
そんな彼に対してオーガスタスは、「その怒りも正当なものだ」と受け止めます。
ここには、“ポジティブでいなければならない”という押しつけはありません。
苦しみや絶望を否定せず、それでも隣にいるという選択。
この姿勢が、この映画全体の誠実さを象徴しています。
さらに重要なのが、ピーター・ヴァン・ホーテンという存在です。
物語の途中で明らかになる彼の姿は、ヘイゼルたちが理想としていた“理解者”とはかけ離れたものでした。
アルコールに溺れ、他者に対して冷酷で、救いようのない大人に見える。
しかし終盤で明かされるのは、彼自身もまた娘を亡くした“喪失の中にいる人間”だということです。
彼の壊れ方は、未来を失った者のひとつの在り方でもあります。
つまりこの作品は、
「死に向かう者」だけでなく、「残される者」の痛みも同時に描いているのです。
そして、そのすべてを包み込むように存在しているのが、“Okay”という言葉です。
何気ない、ありふれた言葉。
けれど二人にとってそれは、確認であり、安心であり、愛そのものです。
大げさな愛の言葉ではなく、共有された小さな合図。
だからこそ、そのやり取りはどんな告白よりも強く心に残ります。
さらに忘れてはならないのが、アンネ・フランクの家を訪れるシーンです。
過去に理不尽に命を奪われた少女の記憶が残る場所で、
“今を生きている二人”が確かにその時を一緒に過ごしている。
それは単なるロマンチックな場面ではなく、
「生きることの重み」と「それでも愛することの意味」が重なる瞬間です。
そしてラスト。
ヘイゼルが手紙を読み、空を見上げるシーン。
そこにあるのは、喪失ではなく、確かに存在した“時間”への肯定です。
印象に残った台詞・シーン・トリビア
・タイトルの由来
“The fault, dear Brutus, is not in our stars, but in ourselves...”
→「ブルータスよ、責任は星にあるのではない。我々自身にあるのだ」
(シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』より)
・オーガスタスの弔辞(ピーターに推敲を頼んでいた)
「彼女は多くの人に愛されたわけじゃない。でも、深く愛されたんだ。」
「いいかい、ヘイゼル?」
ヘイゼル
「オーケー」
・ヘイゼルの弔辞
「いくつかの無限は、他の無限よりも大きいの。」
「あなたは、限られた日々の中に“永遠”をくれた。」
演技
シャイリーン・ウッドリー
繊細さと現実感のバランスが絶妙で、ヘイゼルの“強さと脆さ”を自然に体現しています。
アンセル・エルゴート
軽やかさと影を併せ持つ演技で、理想的でありながら人間的なオーガスタスを魅力的に演じています。
ナット・ウルフ
怒りや絶望を抱えたアイザックの感情をリアルに表現し、物語に厚みを与えています。
ローラ・ダーン
母としての不安と愛情を抑制された演技で表現し、現実的な重みを加えています。
ウィレム・デフォー
崩壊した作家像を通して、“喪失の後の人生”を象徴的に体現しています。
最後に ― “小さな無限”の話
人生の長さではなく、誰と、どれだけ深く関わったか。
この映画が教えてくれるのは、そんなシンプルで、けれど難しいことです。
永遠とは、時間ではなく、記憶や感情の中に存在するものなのかもしれません。
だからこそ、この物語は終わったあとも、静かに残り続けます。
この映画がおすすめなひと
・ただ泣けるだけではない恋愛映画を観たい人
・“生きること”について静かに考えたい人
・若者の物語の中にある普遍的なテーマを感じたい人
・余韻の残る作品が好きな人
評価
※評価は執筆時点のものです。
・Filmarks:★☆ 3.8 / 5.0
・IMDb:★☆ 7.6 / 10
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