Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『グッドライアー 偽りのゲーム(The Good Liar)』―嘘で生きてきた男が、最後に騙されたもの

 

人は、どこまで巧みに嘘をつけば、他人の人生そのものを奪うことができるのでしょうか。

そして、嘘をつくことに慣れきった人間は、自分だけは決して騙されないと思ってしまうのかもしれません。

2019年公開の『グッドライアー 偽りのゲーム(The Good Liar)』は、そんな「嘘」と「信頼」の危うい関係を描いたクライム・サスペンスです。

主人公は、長年にわたり他人を騙し、その財産を奪ってきた老練な詐欺師ロイ・コートネイ。演じるのはイアン・マッケランです。そして彼が新たな標的として近づく裕福な未亡人ベティ・マクリーシュを、ヘレン・ミレンが演じています。

物語の始まりは、老境を迎えた男女の穏やかな出会いです。

しかし、その優しさの裏側には嘘があります。

さらに、その嘘の奥には、もっと深い過去が隠されています。

派手なアクションがある作品ではありません。それでも、ヘレン・ミレンとイアン・マッケランという二人の名優が向かい合うだけで、「この人はいったい何を考えているのだろう」と画面から目を離せなくなります。

これは単なる「詐欺師対資産家」の騙し合いではありません。

長い時間を経ても消えなかった罪と、その罪に対して人生を懸けて答えを出そうとする人間を描いた物語でもあります。

 

あらすじ(ネタバレなし)

ロイ・コートネイ(イアン・マッケラン)は、一見すると穏やかな老紳士ですが、その正体は長年にわたって人々を騙してきたベテラン詐欺師です。

偽りの身分や経歴を使って相手に近づき、時間をかけて信用させ、最後には財産を奪う。それがロイのやり方でした。

そんな彼が新たな標的として目をつけたのが、夫を亡くした裕福な未亡人ベティ・マクリーシュ(ヘレン・ミレン)です。

二人はインターネットを通じて知り合い、やがて直接会うことになります。

物腰が柔らかく、どこか孤独を抱えているベティ。ロイはそんな彼女に寄り添いながら、少しずつ距離を縮めていきます。

ベティは持病を抱え、自分の余命についても不安を感じていました。ロイにとって彼女は、財産を奪うには格好の標的に思えます。

やがて二人の関係は深まり、ロイはいつものように彼女から完全な信頼を得たかに見えました。

しかし、ベティの孫スティーブン(ラッセル・トーヴィー)は、ロイに対して警戒心を隠そうとしません。

さらにロイ自身にも、決して他人には明かしていない過去がありました。

誰が嘘をついているのか。

誰が誰を騙しているのか。

そして、本当に「騙されている」のは誰なのか。

穏やかに始まった二人の関係は、やがて長い年月を越えた過去へとつながっていきます。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

『グッドライアー 偽りのゲーム』は、どんでん返しのあるサスペンスとして楽しめる作品です。

同時に、ヘレン・ミレンとイアン・マッケランという二人の名優の演技を存分に味わいたい方にもおすすめしたい一本です。

確かに、物語の進み方や終盤の仕掛けには、多少強引に感じられる部分があります。

「そこまで長い時間をかけて、この計画を成立させられるのだろうか」と考えてしまう部分もあります。

それでも私は、最後に明かされる真実には驚きを隠せませんでした。

そして、この映画で面白いのは、単に「実はベティの方が一枚上手だった」というだけで終わらないところです。

ロイという人物を見ていると、本当に骨の髄まで他人を利用することしか考えていない人間なのだと感じます。

彼にとって人との関係は、信頼や愛情ではありません。

「この人間から何を奪えるか」という損得でしかありません。

ベティに近づくときもそうです。

優しい言葉をかけることも、体調を心配することも、親密な関係を築くことも、すべて目的のための手段です。

しかもロイには、詐欺だけではなく、必要なら暴力さえ厭わない残酷さがあります。

彼は老紳士の姿をしています。

だからこそ恐ろしいのです。

表面的には知的で穏やかで、ユーモアもあります。しかし、その奥には他人の人生を壊しても何も感じない人間がいます。

ロイは「嘘をつく人」というより、嘘によって自分自身を作り上げてしまった人間なのだと思います。

しかし、この作品で最も大きく印象が変わるのはベティです。

序盤の彼女は、夫を亡くした孤独な老婦人として描かれます。

持病を抱え、余命を心配し、ロイの優しさに少しずつ心を開いていく。

私たちはロイが詐欺師だと知っていますから、「ベティ、騙されないで」と思いながら見てしまいます。

ところが、実際には違いました。

彼女の本当の名前はリリー。

そしてロイは、彼女の人生を大きく変えた過去と深く結びついた人物だったのです。

ここで、それまでの映画の見え方が一気に変わります。

私たちはロイがベティを観察していると思っていました。

しかし本当は、ベティの方がずっとロイを見ていたのです。

ロイが彼女を罠にかけていたつもりだった時間そのものが、ベティの作った罠の中だったという構造が見事でした。

物語の核心にあるのは、1943年のドイツで起きた出来事です。

当時15歳だったハンス・タウブは、英語教師としてリリーの家を訪れていました。

しかしハンスはリリーに性的暴行を加えます。

そして、のちにロイ・コートネイとして生きる男の正体こそ、そのハンスでした。

この事実が明かされた瞬間、「ロイ」という名前さえ彼が積み重ねてきた嘘のひとつだったことが分かります。

彼は他人を騙すだけではありません。

名前を変え、人生を変え、過去そのものから逃げ続けてきました。

けれど、加害者が名前を変えても、被害者の記憶まで消えるわけではありません。

そこがこの映画の最も重い部分だと思います。

ベティが求めていたものは、単純な金銭的復讐ではありません。

もちろん彼女はロイの財産を奪います。

しかし、本当の目的はもっと深いところにあります。

ロイが人生をかけて作り上げてきたものを、一つずつ剥がしていくことです。

名前。

財産。

自信。

そして、「自分は誰よりも賢く、人間を操れる」という彼の絶対的な優越感。

ロイは長年、他人の信頼を利用して生きてきました。

だからベティは、そのロイ自身に「信じた相手に裏切られる」という経験をさせます。

ここに強烈な皮肉があります。

ロイが何十年も他人にしてきたことが、最後にはそのまま自分自身へ返ってくるのです。

ベティの行動を完全に正義と呼べるのかという点については、少し考えさせられます。

彼女はロイを警察に突き出すのではなく、自ら計画を立て、自ら裁こうとします。

そこには明確な復讐心があります。

けれど、彼女にとってこれは突然思いついた復讐ではありません。

長い人生の中で決して消えることのなかった過去に、ようやく決着をつける行為だったのだと思います。

だから終盤のベティには、単純な勝者の高揚感がありません。

むしろ「ようやく終わった」という感覚に近いものがあります。

一方のロイは、それまでの余裕を完全に失っていきます。

物語の序盤と終盤では、二人の立ち位置が完全に逆転しています。

騙す者と騙される者。

支配する者と支配される者。

過去から逃げた者と、過去を忘れなかった者。

その対照が、この作品に強烈な因果応報の感覚を与えていました。

ロイは最終的に以前のように自由に動くことも話すことも難しい状態になります。

かつて彼は、人の弱さを見つけて利用する側でした。

しかし最後には、自分自身が他人の助けなしには生きられない立場になります。

一方、ベティは家族に囲まれています。

この対比はとても象徴的です。

ロイには財産がありました。

知恵もありました。

人を操る技術もありました。

しかし、彼には最後まで「本当の人間関係」がありませんでした。

他人を信じず、他人から奪うことだけで生きてきた結果、最後に彼のそばに残るものはほとんどありません。

対してベティには、家族があります。

このラストを見ていると、本作が描いていたものは「詐欺師が騙される物語」だけではなかったのだと感じます。

人間が人生の最後に持っているものは、奪ってきた財産ではなく、築いてきた関係なのかもしれません。

そこまで含めて見ると、ロイとベティの最後の姿はあまりにも対照的でした。

 

ヘレン・ミレンとイアン・マッケラン――二人の名優だから成立する騙し合い

ヘレン・ミレン/ベティ・マクリーシュ

ヘレン・ミレンの演技は、二度見るとまったく違って見えるタイプの演技です。

最初に見ると、ベティは少し世間知らずで、人を疑うことを知らない上品な老婦人に見えます。

ところが真相を知ったあとでは、視線や沈黙、何気ない表情のひとつひとつに別の意味があったことに気づきます。

弱く見せること。

知らないふりをすること。

ロイを信頼しているように振る舞うこと。

それらすべてが彼女の演技だったと分かったとき、ヘレン・ミレン自身の演技力の凄さまで物語の仕掛けの一部になっています。

イアン・マッケラン/ロイ・コートネイ

イアン・マッケランも素晴らしいです。

ロイは上品な老人でありながら、時折ほんの一瞬だけ見せる冷たい表情によって、「この男は危険だ」と感じさせます。

特に印象的なのは、状況が自分の思い通りに進んでいるときの余裕と、その支配が崩れ始めたときの変化です。

長年他人を騙し続け、「自分だけは騙されない」と信じてきた男。

その自信が少しずつ崩れていく姿には、単なる悪役以上の生々しさがあります。

ヘレン・ミレンが「弱さの中に強さを隠す」演技なら、イアン・マッケランは「上品さの中に残酷さを隠す」演技です。

二人が向かい合うことで、何気ない会話さえ心理戦に見えてきます。

この二人だからこそ成立した作品だと思います。

 

この映画がおすすめなひと

  • どんでん返しのある映画が好きな方
  • 騙し合いや心理戦を描いたサスペンスが好きな方
  • ヘレン・ミレン、イアン・マッケランの演技を堪能したい方
  • 派手なアクションより、会話と演技で進む作品が好きな方
  • 過去の罪、復讐、因果応報をテーマにした映画が好きな方
  • 結末を知ったあと、もう一度最初から見直したくなる映画が好きな方

評価

※評価は執筆時点のものです。

Filmarks:★ 3.5 / 5.0
IMDb:★ 6.7 / 10

 

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