Cinematelier ─ 映画のアトリエ

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『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ(The Woman in the Window)』―見たはずの真実を、誰も信じてくれない

 

「確かに、この目で見た」

そう訴えているのに、誰も信じてくれない。

しかも、自分自身でさえ「本当に見たのだろうか」と疑い始めてしまったら――。

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ(The Woman in the Window)』は、広場恐怖症によって自宅から出られなくなった女性が、向かいの家で起きた殺人を目撃したことから始まる心理サスペンスです。

主人公アナ・フォックスを演じるのはエイミー・アダムス。そしてゲイリー・オールドマン、ジュリアン・ムーア、ジェニファー・ジェイソン・リーと、驚くほど豪華な俳優陣が脇を固めています。

家から出られない主人公。

窓から見える他人の生活。

偶然目撃してしまった事件。

そして、「自分が見たものは本当に真実なのか」という疑念。

本作はそうした古典的な「覗き見るサスペンス」の構造に、精神疾患や薬、アルコール、喪失といった要素を組み合わせることで、主人公だけでなく観客の認識まで揺さぶっていきます。

果たして、窓の向こうで殺人は起きたのでしょうか。

それとも、すべてはアナの頭の中で作り出されたものなのでしょうか。

 

あらすじ|ネタバレなし

児童心理を専門とするセラピスト、アナ・フォックス(エイミー・アダムス)は、マンハッタンの大きな家で一人暮らしをしています。

夫エドワード(アンソニー・マッキー)とは別居しており、娘オリヴィアとも離れて暮らしていますが、二人とは電話で頻繁に会話を交わしていました。

しかしアナは広場恐怖症を抱えており、外へ出ることができません。

大量の薬を服用しながら酒を飲み、自宅という閉ざされた世界で毎日を過ごしています。

そんな彼女の習慣となっているのが、窓から近隣住民を眺めることでした。

ある日、向かいの家にラッセル一家が引っ越してきます。

父親のアリステア(ゲイリー・オールドマン)、母親のジェーン、そして15歳の息子イーサン(フレッド・ヘッキンジャー)の三人家族です。

やがてイーサンがアナの家を訪れ、父親アリステアが暴力的な人物であることをほのめかします。

その後、ジェーンと名乗る女性もアナの家を訪れます。

二人は酒を飲みながら語り合い、アナは久しぶりに他人との楽しい時間を過ごします。

ところが、ある夜。

いつものように窓の向こうを見ていたアナは、ラッセル家でジェーンが刺される瞬間を目撃してしまいます。

慌てて警察へ通報するアナ。

しかし、駆けつけた警察から告げられたのは信じられない事実でした。

ジェーン・ラッセルは生きているというのです。

そしてアナの前に現れた「ジェーン」は、彼女が以前会った女性とはまったくの別人でした。

では、アナが会った女性はいったい誰だったのでしょうか。

殺人を目撃したという記憶は事実なのか。

薬とアルコールによる幻覚なのか。

それとも、ラッセル一家が何かを隠しているのでしょうか。

 

感想

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』の面白さは、「アナが嘘をついているのか?」ではなく、**「アナの言っていることのどこまでが本当なのか?」**を観客にも判断させ続けるところにあります。

実際、アナは嘘つきというわけではありません。

彼女自身は、自分が見たものを本気で信じています。

しかし、彼女には広場恐怖症があり、大量の薬を服用し、それと同時にアルコールも摂取しています。

さらに物語が進むと、アナが電話で話していた夫エドワードと娘オリヴィアは、すでに交通事故で亡くなっていたことが明らかになります。

つまり、私たちが序盤から「現実」として受け入れていたものの中に、すでにアナの作り出した世界が混ざっていたのです。

ここで一度、観客の足場が完全に崩れます。

「それならジェーンの殺人も幻覚だったのではないか」

そう思わせるのが本作の大きな仕掛けです。

この映画で興味深いのは、アナの認識が実際に歪んでいることと、彼女が目撃した事件が事実だったことが同時に成立している点です。

夫と娘との会話は現実ではありませんでした。

しかし、窓の向こうで見た「ジェーン」の殺害は幻覚ではなかった。

アナが会った女性はジェーン・ラッセルではなく、イーサンの実母ケイティ・メッリでした。

つまりアナは、**「間違った人物をジェーンだと思っていたけれど、殺人そのものは正しく目撃していた」**のです。

ここが本作のサスペンスとして一番面白いところだと思います。

真実と妄想を完全に二分するのではなく、その二つを混在させています。

だからこそ、アナだけでなく観客も混乱します。

何が事実で、何が幻覚なのか。

一度彼女の認識に誤りがあると分かった瞬間、それまでのすべてを疑いたくなってしまいます。

そして、本作で最も怖いと感じるのは、殺人犯の存在だけではありません。

一度「この人の認識は信用できない」と判断されると、本当のことを話していても信じてもらえなくなることです。

アナには精神的な問題があります。

薬も服用しています。

アルコールにも依存しています。

幻覚も見ています。

だから周囲からすれば、彼女の証言を疑う理由はいくらでもあります。

警察が疑うこと自体にも一定の合理性があります。

しかし、その合理性こそが結果的に真実を覆い隠してしまいます。

「この人は病気だから」

「薬を飲んでいるから」

「幻覚を見ることがあるから」

そうした情報を知った瞬間、人はその人物の言葉すべてを疑ってしまう。

けれど、あることについて認識を誤っている人が、別のことについても必ず間違っているとは限りません。

本作では、この心理がサスペンスのギミックとして非常によく機能していました。

そして終盤、物語はもう一度大きく方向を変えます。

犯人は父親アリステアではなく、息子のイーサンでした。

序盤のイーサンは、暴力的な父親に怯える少年のように描かれています。

だからこそ、アナも彼を「助けるべき子ども」として見ています。

児童心理を専門とするセラピストであるアナにとって、イーサンは特に放っておけない存在だったのでしょう。

ところが実際には、その「守られるべき少年」こそが捕食者でした。

しかもイーサンはアナの家へ密かに侵入し、眠っている彼女の写真まで撮影していました。

ここで映画の「見る/見られる」という関係も逆転します。

それまで窓からラッセル一家を覗いていたのはアナでした。

しかし実は、アナ自身もイーサンから見られていたのです。

覗いていると思っていた人間が、実は覗かれていた。

この反転は、本作のテーマと非常に相性のいい仕掛けだったと思います。

一方で、作品全体として惜しいところもあります。

夫と娘についての真実、二人のジェーン、ケイティの正体、デヴィッドの過去、匿名メール、イーサンの正体……と、後半になるほど秘密が次々と明らかになります。

それぞれは面白いのですが、少し要素を詰め込みすぎた印象もあります。

特に終盤は、それまでの心理サスペンスから一気に直接的な殺人鬼との対決へと変化します。

ここは好みが分かれるところでしょう。

個人的には、前半から中盤にかけての「本当に殺人を見たのか、それとも見ていないのか」という曖昧さを、もう少し長く、そして深く掘り下げてもよかったように感じます。

アナの認識そのものが信用できないという設定が非常に魅力的だからこそ、終盤の展開には多少ご都合主義的に感じる部分もありました。

それでも、最後まで「何が本当なのか」を気にさせる力はあります。

そして何より、豪華出演陣の演技が物語を引き締めています。

サスペンス映画として一定以上の見応えを保っている作品だと思います。

 

演技

エイミー・アダムス|アナ・フォックス

本作を支えているのは、間違いなくエイミー・アダムスです。

アナは非常に難しい役です。

観客には彼女へ感情移入してもらわなければならない。

しかし同時に、「この人の見ているものを本当に信用していいのか?」とも思わせなければなりません。

エイミー・アダムスは、恐怖、孤独、混乱、罪悪感、アルコールへの依存、そして自分自身への不信感を重ねながら、アナを単なる「信用できない主人公」にはしていません。

特に夫と娘の真実が明らかになった後、それまでのアナの行動の意味が一変します。

彼女が家から出られない理由も、酒に逃げる理由も、存在しない家族と話し続けてしまう理由も、すべてが巨大な喪失と罪悪感につながっていたことが分かります。

サスペンスの主人公であると同時に、深い喪失から動けなくなってしまった一人の女性としてアナを成立させているのは、エイミー・アダムスの演技力があってこそでしょう。

ゲイリー・オールドマン|アリステア・ラッセル

ゲイリー・オールドマンは、登場した瞬間から「何かを隠している」と思わせる存在感があります。

威圧的で、怒りっぽく、アナの証言を強く否定する。

観客が「この男が犯人なのでは?」と思うのは当然でしょう。

だからこそ彼の存在そのものが、巧妙なミスリードになっています。

犯人らしく見えすぎるほど犯人らしい。

ゲイリー・オールドマンという俳優の持つ圧倒的な存在感を逆手に取った配役だったと思います。

ジュリアン・ムーア|“ジェーン・ラッセル”

ジュリアン・ムーアの登場時間は決して長くありません。

しかし強烈な印象を残します。

アナと酒を飲み、笑い、自然に距離を縮めていく姿には独特の魅力があります。

だからこそ、その後「そんな女性はいない」と言われたとき、観客もアナと同じ混乱を味わいます。

「あれほど確かに存在していた人が、存在しなかったはずはない」

そう思わせるだけの説得力があります。

短い登場時間で物語全体に大きな疑問を残す、非常に贅沢なキャスティングでした。

 

この映画がおすすめなひと

・何が現実で何が幻覚なのか分からない作品が好きな方
・どんでん返しのあるミステリーを探している方
・閉鎖された空間で展開する心理サスペンスが好きな方
・エイミー・アダムスの演技を堪能したい方
・ゲイリー・オールドマン、ジュリアン・ムーアなど豪華キャストの共演を楽しみたい方
・「信用できない語り手」を使った物語が好きな方

 

評価

※評価は執筆時点のものです。

Filmarks:★ 3.2 / 5.0
IMDb:★ 5.7 / 10

 

視聴情報|サブスクリプション

※配信状況は変わる場合があります。

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誰もアナの言葉を信じないなか、やがて彼女自身も、自分の記憶と現実を疑い始めます。