Cinematelier ─ 映画のアトリエ

名作からコア作品まで、余韻を大切に綴る映画ノート

『スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)』- それでも、怒りだけでは生きられない

 

2017年公開の『スリー・ビルボード』は、娘を殺された母親の怒りから始まるクライムドラマです。

一見すると犯人捜しを描くサスペンス作品のようですが、本作の本質は「喪失と怒りに囚われた人々の物語」にあります。

主人公ミルドレッドはもちろん、警察署長のウィロビーや問題児の警官ディクソンもまた、それぞれに傷や苦しみを抱えています。

観る者を不快にさせるほど激しい言葉や暴力が飛び交う一方で、その奥には人間の弱さや優しさが隠されており、単純な善悪では語れない深みを持った作品です。

第90回アカデミー賞では主演女優賞と助演男優賞を受賞し、多くの映画ファンの心を揺さぶりました。

 

あらすじ(ネタバレなし)

ミズーリ州の田舎町エビング。

7か月前、娘アンジェラをレイプされた末に殺害されたミルドレッド・ヘイズは、警察の捜査が全く進展しないことに強い怒りを抱いていました。

そこで彼女は町外れにある3枚の広告看板を借り、「娘はレイプされて焼き殺された」「未だに犯人が捕まらない」「どうして、ウィロビー署長?」という衝撃的なメッセージを掲げます。

その広告は町中に波紋を広げ、尊敬されるウィロビー署長や警察への批判として受け取られました。

住民たちはミルドレッドに反発し、特に粗暴な警官ディクソンは激しく敵意を向けます。

やがて広告看板をきっかけに、町の人々の隠された感情や秘密が次々と浮かび上がっていくのでした。

 

感想・考察

※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。

『スリー・ビルボード』を観てまず感じたのは、「誰も完全な善人でも悪人でもない」ということでした。

娘を失ったミルドレッドの怒りは当然理解できます。

警察の捜査が進まなければ、誰だって何か行動を起こしたくなるでしょう。

しかし彼女は次第に暴力的になり、周囲を傷つける行動も取るようになります。

観客は彼女に共感しながらも、「それは違うのではないか」と感じる場面が何度も訪れます。

本作が面白いのは、主人公を決して聖人として描かないところです。

そして同じことはディクソンにも言えます。

序盤のディクソンは人種差別的で暴力的、正直言って救いようのない人物に見えます。

広告会社のレッドを窓から突き落とす場面などは衝撃的で、このまま最後まで嫌われ役として終わるのだろうと思いました。

しかしウィロビーの手紙をきっかけに、彼は少しずつ変わっていきます。

特に病院でレッドに謝罪する場面は印象的でした。

自分がひどい目に遭わせた相手が、怒りではなく優しさを向けてくる。

その瞬間にディクソンが流した涙は、本作のテーマそのものだったように思います。

また、本作で最も印象的だった人物はウィロビー署長かもしれません。

彼はミルドレッドから批判されながらも彼女を憎まず、ディクソンの欠点も理解したうえで成長を願っています。

死を目前にした彼が残した手紙には、人を裁くのではなく理解しようとする姿勢がありました。

特にディクソンへの手紙の「警察官に必要なのは愛だ」という言葉は、この映画全体を象徴しているように感じます。

怒りによって始まった物語が、少しずつ理解や共感へと変わっていく。

それが本作の最大の魅力でしょう。

そしてラストです。

真犯人は結局見つかりません。

一般的なミステリーなら不完全な結末に思えるかもしれません。

しかし本作は犯人探しの映画ではなく、怒りに囚われた人間がどう生きるかを描いた作品です。

ミルドレッドとディクソンはアイダホへ向かいますが、本当に男を殺すのかはわかりません。

「道々、決めればいい」

この曖昧な終わり方こそが、人間の感情に簡単な答えなど存在しないことを示しているようでした。

怒りも悲しみも消えない。

それでも前へ進もうとする。

そんな複雑な余韻を残してくれる傑作だと思います。

 

演技が光るキャスト

Frances McDormand(フランシス・マクドーマンド)

怒りと悲しみを同時に抱えたミルドレッドを圧倒的な存在感で演じています。アカデミー主演女優賞受賞も納得の名演です。

Woody Harrelson(ウディ・ハレルソン)

温かさと哀しさを併せ持つウィロビー署長を好演。登場時間以上の存在感を残します。

Sam Rockwell(サム・ロックウェル)

本作最大のサプライズとも言える演技。嫌悪感を抱かせる人物から共感を呼ぶ人物へと変化していく姿は見事で、アカデミー助演男優賞を受賞しました。

 

この映画がおすすめな人

  • 人間ドラマが好きな方
  • 単純な善悪では語れない作品を観たい方
  • 重厚なクライム映画が好きな方
  • 登場人物の心理描写を重視する方
  • 『ミスティック・リバー』や『スポットライト 世紀のスクープ』のような作品が好きな方
  • フランシス・マクドーマンドやサム・ロックウェルの演技を堪能したい方

評価

※評価は執筆時点のものです。

  • Filmarks:★★★★☆(4.0/5.0)
  • IMDb:★★★★★★★★☆☆(8.1/10)

視聴情報

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