ホロコーストを描いた映画は数多く存在します。しかし、その多くは被害者の視点、あるいは強制収容所内部の惨状を中心に描いてきました。
本作『関心領域(The Zone of Interest)』は、その常識を根本から覆します。
この映画が描くのは、アウシュヴィッツ強制収容所の隣で暮らしていた一家の日常です。
壁一枚を隔てた向こう側では大量虐殺が行われているにもかかわらず、そこには家族の生活があり、庭があり、子どもたちの遊びがありました。
監督のジョナサン・グレイザーは、この物語を通して「ホロコーストの加害者を神話的な悪としてではなく、人間として描く」ことを試みています。
そしてこの映画は、観客にある不穏な問いを突きつけます。
私たちは本当に、彼らとは無関係なのだろうか。
あらすじ(ネタバレなし)
物語の舞台は第二次世界大戦中のポーランド。
アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスは、収容所のすぐ隣に建てられた屋敷で妻ヘートヴィヒと5人の子どもたちと暮らしていました。
広い庭園や使用人。
一家はまるで戦争とは無関係であるかのように、豊かな生活を送っています。
しかしその屋敷の壁の向こう側には、世界でもっとも残酷な場所のひとつが存在しています。
列車の音、銃声、叫び声、そして煙突から立ち上る煙。
それでも一家の日常は続いていきます。
妻ヘートヴィヒは庭を誇り、贅沢な衣服を楽しみ、子どもたちは遊び回る。
ルドルフは収容所の運営をさらに効率化するため、技術者たちと焼却炉の計画を進めていきます。
壁の向こうで何が起きているのかを知りながら、彼らは日常を生き続けるのです。
感想・考察
※ここからは作品の核心に触れる内容を含みます。
この映画は、視覚と音響という映画の基本的な要素を極めて効果的に使いながら、ホロコーストという歴史の恐ろしさを描き出している作品だと感じました。
本作には派手な演出や音楽はほとんどありません。
そのため、人によっては少し退屈に感じたり、静かすぎる映画だと感じる人もいるかもしれません。
しかし、世界でもっとも知られた歴史的出来事の一つであるアウシュヴィッツ強制収容所の「隣」で何が起きていたのかを描くだけで、ここまで人間の恐ろしさを表現できるのかと驚かされました。
まず印象的なのは音です。
収容所の内部は、ほとんど描かれません。しかし銃声、叫び声、機械音、煙突から立ち上る煙。それらの音や気配だけで、壁の向こうで何が起きているのかがはっきりと伝わってきます。
そんな場所の隣で、所長一家は豪華な生活を送っています。
その対比によって、観客の中には恐ろしさだけでなく怒りの感情さえ生まれてくるのだと思います。
ルドルフ・ヘスは、収容所の運営について会議で淡々と語り、いかに効率よく人を殺せるかを考えています。
一方で家では父親として振る舞い、子どもたちを川で遊ばせます。
しかしその川には、おそらく犠牲者の骨のようなものが流れてきます。
その後、彼は子どもたちを家に連れ帰り、体を何度も洗います。
また、ユダヤ人と思われる少女に加害行為をしたあと、自分の体を執拗に洗う場面もあります。
そこには明確な倫理観は見えません。ただ自分の都合の良い清潔さだけを求める姿があり、その身勝手さが強く印象に残りました。
それでも彼は妻ヘートヴィヒには頭が上がらない様子を見せます。
そして終盤、階段を降りながら吐き気を催す場面が描かれます。
それが罪の意識なのか、身体的な不調なのかははっきりとは示されません。
それに対して、少しでも罪の意識があったのだろうか。そうであってほしいと、どこかで願ってしまう自分がいました。
そして、この映画のタイトルでもある「関心領域」を最も体現しているのが妻ヘートヴィヒではないでしょうか。
彼女の関心は、庭と生活、そして自分の地位に向けられています。
ユダヤ人から奪った毛皮のコートを着て誇らしげに振る舞い、自分の庭園を守ることに強い執着を見せます。
夫の昇進によって転居の可能性が出ても、彼女は家を離れることを拒みます。
結果としてルドルフは単身赴任となります。
さらに印象的なのは、彼女の母親の反応です。
夜中に見える炎や臭いに耐えられなくなり、母親は置き手紙を残して帰ってしまいます。
しかしヘートヴィヒはそれを理解しようとはせず、怒りすら見せます。
子どもたちもまた、この異常な環境の中で育っています。
ユダヤ人から奪った金歯で遊んだり、戦争を模した遊びをしたりする姿が描かれます。
幼い頃からこの世界しか知らなければ、それが普通だと思ってしまう。
そう考えると、この家族の「関心領域」が自分たちの生活の範囲にしか向いていないことの恐ろしさがより浮かび上がります。
そんな映画の中で、唯一と言っていいほどの救いとして描かれる存在がいます。
ポーランド人の少女です。
彼女は夜になると土木作業場に忍び込み、リンゴなどの食べ物をユダヤ人が見つけられるように隠していました。
この少女には実在のモデルがいます。
アレクサンドリアという女性で、若い頃に収容所の囚人たちのために食べ物を置いていた人物です。
映画ではこの少女のシーンだけがサーモグラフィーで撮影されています。
暗闇の中で、彼女の姿だけが温かい光として浮かび上がるのです。
それはこの映画の中で、彼女の行動だけが人間らしい「温度」を持っていることを象徴しているようにも感じました。
映画で使われている自転車や、少女が身につけている衣裳には、実在のモデルとなった女性本人のものが用いられていたそうです。そうした細部からも、彼女の行動を単なる象徴ではなく、確かに存在した勇気として刻もうとする作り手の誠実さが感じられました。
さらに終盤には、現在のアウシュヴィッツ強制収容所の映像が挿入されます。
山のように積まれた靴や鞄。
犠牲者の持ち物が静かに展示されています。
そして、そこを清掃するスタッフの姿も映し出されます。
もちろん清掃は大切な仕事です。
しかしその光景は同時に、「ここでも人の関心は必ずしもその歴史そのものに向いているわけではない」ということも示しているように感じました。
この映画は大きな惨劇を直接見せることはありません。
それでも、音と日常の描写だけで、人間の恐ろしさをここまで伝えることができるのです。
制作トリビア
①加害者を「神話的な悪」として描かないために
本作の制作は2014年頃、マーティン・エイミスの小説『The Zone of Interest』をきっかけに始まりました。
監督のジョナサン・グレイザーは原作を読んだあと、アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスとその妻ヘートヴィヒについて徹底的な調査を行います。
彼はアウシュヴィッツ博物館の資料や証言を調べ、実際に何度も現地を訪れました。
そして特に強い衝撃を受けたのが、「収容所のすぐ隣に存在していたヘス一家の家」だったといいます。
グレイザーは、ホロコーストの加害者がしばしば「神話的な悪」として描かれることに疑問を持っていました。
そのため本作では、怪物のような悪ではなく、「現実の人間」として加害者を描くことを目指したのです。
彼はこの映画を、過去の出来事としてではなく、「今ここにつながる物語」として語ろうとしていました。
②「ナチの家のビッグ・ブラザー」
撮影方法も非常に特殊でした。
監督と撮影監督ウカシュ・ジャルは、家の中や周囲に最大10台のカメラを設置し、スタッフが現場に入らない状態で撮影を行いました。
撮影スタッフは地下室や別の建物に待機し、カメラだけが家の中や庭を見つめ続けていたのです。
グレイザーはこの方法を
「Big Brother in the Nazi house(ナチの家のビッグ・ブラザー)」
と呼んでいました。
この方法によって俳優たちはカメラを意識することなく、より自然な日常の動きを演じることができたといいます。
また監督は、アウシュヴィッツを美しく撮ることを避けるため、照明は使わず、自然光のみで撮影しました。
③音が「もう一つの映画」
この映画でもっとも重要な要素のひとつが音です。
監督は、収容所の内部で起きている虐殺を決して画面には映さないという方針をとりました。
その代わりに、銃声や叫び声、機械音、焼却炉の音などを遠くから聞かせることで、観客に想像させる演出を選んだのです。
音響デザイナーのジョニー・バーンは、アウシュヴィッツに関する証言や地図などをまとめた600ページ以上の資料を作成し、音の距離や反響まで計算しました。
監督はこの音響について、こう語っています。
「音はもう一つの映画だ。
むしろ、それこそがこの映画なのかもしれない。」
④実在の少女がモデル
映画に登場するポーランド人の少女には、実在のモデルがいます。
アレクサンドリアという女性で、ポーランドのレジスタンスの一員として、収容所の囚人たちのためにリンゴなどの食べ物を置きに通っていました。
映画の中と同じように、彼女は囚人が書いた音楽を見つけたこともあったといいます。
その囚人はヨーゼフ・ヴルフという人物で、戦後ホロコーストの記録を残す活動を続けました。
映画で使われている自転車や少女の衣裳は、実際に彼女が使っていたものです。
ジョナサン・グレイザー監督は、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した際、この映画を彼女に捧げています。
演技
この映画で特に印象的だったのは、ヘートヴィヒを演じたザンドラ・ヒュラーの演技です。
彼女は決して無表情な人物ではありません。むしろ、怒りや誇りといった感情ははっきりと表に出します。
しかしその感情の向かう先は、私たちの倫理観とは大きくずれています。
庭を誇らしげに見せる姿、毛皮のコートを楽しむ姿、使用人に怒りをぶつける姿。
映画はそうした日常の光景を淡々と描いていきます。しかしその生活は、壁一枚隔てた向こうで大量虐殺が行われている場所の隣に成り立っています。
つまり彼女は感情が欠けているのではなく、その関心が自分の生活の範囲にしか向いていないのです。
だからこそ、あの環境の中でも平然と日常を生きていられる。その無関心さが、かえって強い恐ろしさとして伝わってきます。
またルドルフ・ヘスを演じたクリスティアン・フリーデルも非常に印象的でした。
彼は見た目だけを見れば、どこにでもいそうな父親であり、一人の家庭人にも見えます。しかし彼が日々考えているのは、いかに効率よく人を殺すかということです。
その穏やかな外見と、実際に行っている非人道的な行為との落差が、この人物の恐ろしさをいっそう際立たせています。
そして二人の演技があまりにも自然であるからこそ、この一家の生活は「異常な世界の中の日常」として現実味を帯びてきます。
そのリアリティこそが、この映画の恐ろしさをいっそう強く観客に残しているのだと思います。
最後に
『関心領域』は、強烈な出来事や劇的な展開によって観客を揺さぶる映画ではありません。
むしろ、淡々とした日常を積み重ねることで、気づかぬうちに観る者の心に重い問いを残していきます。
この映画を観終わったあとに残るのは、怒りや悲しみだけではなく、ある種の不安のような感覚です。
人は、自分の生活を守ることに集中するあまり、どこまで他者の苦しみに目を向けずにいられるのか。
そして、その無関心はどこから始まるのか。
壁の向こうで何が起きているのかを知りながら、それでも日常を続けていく人々。
その姿は決して遠い過去の出来事としてだけではなく、今の世界にも静かにつながっているように感じられます。
だからこそこの映画は、観終わったあともしばらく心の中に残り続けるのだと思います。
この映画がおすすめな人
・ホロコーストや歴史を扱った映画に関心がある人
・派手な演出よりも、静かな演出で深く考えさせられる映画が好きな人
・映画の音響や演出といった“映画表現”そのものを味わいたい人
・人間の無関心や倫理について考えさせられる作品を観たい人
『関心領域』は、強烈な出来事やドラマチックな展開で観客を引き込む映画ではありません。
しかし、静かな日常の描写の中から、人間の恐ろしさや社会の構造を浮かび上がらせていく作品です。
観終わったあと、しばらく考え続けてしまうような映画を求めている人には、特におすすめしたい一本です。
評価
※評価は執筆時点のものです。
・Filmarks:★☆3.6 / 5.0
・IMDb:★☆7.3 / 10
『関心領域』は公開当初から世界中の映画祭や批評家の間で非常に高い評価を受けた作品です。
第76回カンヌ国際映画祭ではグランプリを受賞。さらに第96回アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞を受賞しました。
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